第2回 経済のことを知らなくても、生きていけるけれど

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『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

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2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

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◆「資本主義は変えられない」という思い込み

和田 前回のお話から、私が経済を誤解してとらえているということがよくわかりました。「お金もうけイコール経済、みたいなイメージになったのは、人類の歴史からみたらごく最近のこと」というお話がありましたが、それならなぜ、私たちはこんなにも「資本主義は変えられないもの」だと思い込んでいるんでしょうか。もう決して変えられない、というふうに、囚われているというか……。

井手 今度は資本主義が来たか(笑)。まずは定義しないといけませんね。僕は、生きていくため、暮らしていくために必要なことすべてを、金で買うようになった時代、それを資本主義の時代だと考えています。

和田 何もかもをお金で買う……。

井手 昔だったら仲間たちが屋根を張り替えてくれたけど、いまはお金を貯めて大工さんを雇わないと、無理ですよね。だから金が必要になり、「経済とは金もうけ」という話になっていくんですね。

和田 助け合いがなくなって、その分をお金で埋めている。だから、お金がないと何もできない、お金がすべて、というふうにしか考えられなくなるんですね。

井手 ポイントは「必要」を満たすこと。そのために、昔はみんなで汗をかいていた。いまは、金を稼ぐために汗をかいています。どっちが幸せかっていうことですね。

和田 うーん、ほんとだ。昔の方が幸せに思えてしまいます。

井手 いずれにしても、いつも、まず「必要」=「ニーズ」があるんです。かつての人間は、その必要をみんなで満たし合っていたんです。ところが資本主義は、自分で稼いで自分で何とかしろ、というのが出発点。けれど、それでは貧乏な人は生きていけないから、財政という仕組みを作って、みんなで会費を払いましょうと。この集まったお金で、困っている人やみんなが必要なものを何とかしましょう、ということになったんです。

和田 なるほど、会費とは、税金のことですね。

井手 いままで集落や町内などの「コミュニティー」でやっていたことを、巨大な「共同事業」として国全体でやりましょうねと始まったのが、財政です。寺子屋でやっていたことが初等教育になり、コミュニティーで管理していた道、水、森の維持や、消防、防犯の役割まで、すべて国と自治体が担うことになった。さらには近所で面倒を見合っていたおじいちゃん、おばあちゃんの介護も国、自治体が担うことになりました。私たちは直接それらをやらなくていい代わりに、お金を払うようになったわけです。

和田 そう考えると、財政って、本当に生活そのものなんですね。

井手 そう。税金を払わないんだったら、いま国がやっていることを、私たちが汗をかいてやらなくちゃいけない。でもね、いま、経済が成長しなくなってきてるでしょ。税収が増えない中、政治家は増税を訴える気概もなくしていて。

和田 選挙が怖いから、とても言えないのかも。

井手 だんだんと、僕たちに、国と自治体が担っていた仕事を押しつけてきているんですよ。いま「地域包括ケア」ってよく言いますけど。

和田 その言葉、よく聞きますが、意味がいま一つ分からないでいます。

井手 要するに、介護は地域全体でやりましょうというふうに変わってきている。それだけなら「まあそれもいいんじゃない」と思うんですが、福祉について定めた「社会福祉法」という法律の第四条(※)を見ると、驚きます。だって、「地域住民」は、「地域福祉の推進に努めなければならない」と、まるで福祉活動に参加することが義務でもあるかのように書かれているんですから。
※社会福祉法 第一章 第四条 2項
地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者及び社会福祉に関する活動を行う者(以下「地域住民等」という。)は、相互に協力し、福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されるように、地域福祉の推進に努めなければならない。

和田 ええ~、いつの間にかそんなことに。

井手 参加というのは、自分で考えて決めるから参加なんですよ。英語で“take part in”と言いますが、それぞれに役割(=part)があって、それを自分の意志で果たそうとするから参加なんです。義務、押しつけになったら、参加とは言えない。

和田 コロナ禍でも「自粛の要請」なんて変な言葉が横行しましたけど、それと似てますね。要請されたら自粛じゃないでしょって。

井手 そうそう。義務、強制がまかり通る世界が目の前までやって来てます。税金を払いたくないとなったら、本格的にそういう世界になる。だって汗をかくしかないんだから。

和田 昔は共同体の暗黙の了解で、そうなっていたけど……。

井手 今度は法律に書かれて参加が義務になってきているわけです。多くの人が気づかないままそうなっているのが、とてもこわいことだと思うんです。

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◆この社会をもっといいものに作り替えるために

和田 「知る」ことが大事だと、あらためて感じました。私自身、昨年『時給はいつも最低賃金、~』を書く前まで、財政と聞いても「何のことやら」という感じで、何も知らなかったんです。それで井手さんの本を3冊読みまして、ようやく小川淳也さんと話ができるようになりました。

井手 そりゃあ、よかった。っていうか、本気でうれしい。目の前の世界の風景を変える、それこそが学問の意味、価値ですから。

和田 本当によかったです。ただ思うのは、私は本を書くためという動機があったけれど、一般の人が、「経済って、財政って何だろう」と思っても、そこから重い腰を上げて学び始める人は、なかなかいないんじゃないかな、ということで。

井手 なるほど。これちょっとお借りしていいですか(テーブルにあった『暮しの手帖』を手にとる)。この本の最初にね、こんな言葉が入ってるんです。ずっとずっと昔から入ってるんですよ。編集部のみなさんも知ってました?

・・・・・・・・・・・・・・・・
これは あなたの手帖です
いろいろのことが ここには書きつけてある
この中の どれか 一つ二つは
すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
せめて どれか もう一つ二つは
すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底ふかく沈んで
いつか あなたの暮し方を変えてしまう
そんなふうな 
これは あなたの暮しの手帖です
(『暮しの手帖』初代編集長 花森安治による巻頭言)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井手 ここに書いてあること、すっごく大事だと思いません? 人間って、役に立つものばかりに飛びつきがちです。けれどね、すぐには役に立たないように思えることでも、心の底に残っていれば、それがいつか物の見方・暮らし方を変えるかもしれない。この発想を、僕たちは大切にすべきだと思うんですよ。

和田 ああ、ほんと、そうですね。

井手 「財政なんて知らない・わからない」でも生きていけます。けれど、だからと言って勉強しなくていいことにはならない。絶対にならない。だって、財政を知ることは、この社会をもっといいものに作り替えるために、絶対に必要になるんですから。

和田 そうですね、この社会をよりよいものにするために。

井手 今日よりも、ちょっとでもいいからすばらしい明日を夢見ながら生きていくのが人間でしょう。この夢を、すべての人が見られないとおかしいんです。

和田 ああ、そうです、そうです。

井手 本当にこれ、人間のもっとも基本的な権利ですよね。進化、進歩、成長、何と呼んでもいいけれど、今日よりもよりよい明日を作っていこうという気持ち。これを持つために、税金は必要なんです。でも、税金って本当に嫌われてますよね。僕は税の話を平気でするから、ネット上で悪魔でも見たかのように嫌われる(笑)

和田 誰だって、お金を取られるのはいやですからね。

井手 ですよね。でも、歴史を見てください。これまで、世界のあちこちで、数々の革命が起きました。フランス革命、ドイツ革命、アメリカの独立戦争、いろいろありますけど、「税をなくせ」と言った革命は一つもありません。なぜなら、暮らしを維持するために、税はいるものだからです。

例えば、病気にならない人間はいませんよね。病院には税金が使われています。お金持ちが高級車を買っても、税金によって整備された道路がなければ走れません。水道だって、税金がなければハンパない金額になります。命懸けの革命で人々が望んだのは、みんなが納めた税をどのように使うのか、誰の、何のために使うのか、それを自分たちで決めさせてくれ、ということなんです。

和田 えらい人が勝手に決めるな、ということですね。

井手 そうです。そのために、みんな命を懸けて戦ったんです。この歴史から学べばね、税のことはよくわからない、何に使われているかも知らないという人が増えると、権力が暴走して、税金の使い道を勝手に変えてしまうかもしれない。先ほどお話ししたように、国が担っていたことがこっそり国民に降りてきて、いつのまにか私たちの責任や仕事が増えていく、ということになりかねない。だから僕は嫌われても語るんです。税の話を。

 

◆まとめと次回予告

「知る」ことの大切さを知った和田さんの言葉、実感がこもっていましたね。「今日よりもよりよい明日を作っていこうという気持ち」が、「人間のもっとも基本的な権利」だという井手さんの言葉が、じーんと胸に迫りました。
次回は、政治についての本を出版した和田さんの経験から、さまざまな意見への向き合い方を考えます(編集部)。

第3回「自分とは違う意見に、どう向き合う?」は、明日8月11日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
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写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部


暮しの手帖社 今日の編集部