『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。
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2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。
『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。
税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!
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◆ギリシャ哲学までさかのぼってみると
和田 お会いするのは、高松市での小川淳也さんの出陣式(※)でご一緒した以来ですね。その時が初対面で。
※2021年衆議院選挙の公示日に小川淳也事務所で行われた。
井手 僕の応援のあとが、和田さんでしたね。
和田 どう考えても順番間違えてる(笑)。井手先生がすばらしすぎて、あのあとやるのは地獄でした。
井手 でも『香川1区』(※)ではいい感じだったじゃないですか。僕なんかキレまくってるオヤジみたいで。ちょっとジェラシーだったな(笑)
※小川淳也さんを中心に2021年の衆議院選挙戦を追ったドキュメンタリー映画で、二人が応援演説を行うシーンがある。2020年に公開されてロングランとなった『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)の続編。
和田 いやいやそんな……。そのときもお伝えしましたが、井手さんの本を読まなかったら、『時給はいつも最低賃金、~』は書けなかった。いつか慶應大学の経済学部に入って井手さんの授業を受けたいと夢見ていたので、今日は本当にうれしいです。さっそくですが、「経済って、一体何だろう?」という、ほんとの基礎の基礎からお聞きしたくて。こないだふと、「経済」って言葉を国語辞典で引いてみたんですね。
井手 ほう。
和田 経済学っていうと、私はずっとお金もうけの学問みたいに思い込んでいて。経済って言葉の意味もよくわかってなかったな、と。自分に呆れるんですけど(笑)。辞書には、「人間の共同生活に必要な物資・財産を、生産・分配・消費する活動」って書いてあったんです。
井手 さすが辞書。いいこと言ってる(笑)
和田 「経済って、私たちが社会で共に暮らすために必要なものなんだ。私たちの暮らし、生きることそのものなのに、勝手に遠くに追いやってるな」って、気がついたんです。井手さんは大学時代からずっと経済を学ばれていますが、経済の大切さに気づいたきっかけは何だったのでしょうか?
井手 僕はね、仕方なく経済学部に行ったんです。第一志望の私立に落ちちゃって。国立はすべり止めだったんだけど、みんなが法学部に行くっていうから経済学部に願書出して。
和田 えっ。
井手 ところがね、こまったことに、教科書に書いてあることがまったく納得いかなかったんですよ。わからないじゃなくて、納得がいかない。例えばね、「限界効用逓減の法則」(※)ってのを、最初に教わるんです。効用というのは喜びのことで、経験するたびに喜びはどんどん減っていくものだという法則。よく「一杯目のビールよりも二杯目のビールは喜びが減る」といった感じで説明されるんですが、その時点で、もう「嘘つけ」って思うわけですよ。だって、一杯飲むともっと飲みたくなるじゃない。
※一定期間に消費される財の数量が増加するにつれて、その追加分から得られる限界効用(満足度)は次第に減少するという法則。
和田 一杯目より、二杯目のほうが、より美味しいです(笑)。
井手 でしょ(笑)。これをもうちょい真面目に話すと、じゃあバブル経済って何よ?って話。
和田 欲望が膨らんでいく!
井手 そう。金稼げば稼ぐほど、もっと欲しくなってるじゃないですか。だからバブルが起きるわけで。
和田 それが真理です!
井手 ほかにもいろいろと納得がいかないことがあった。だから僕は経済学ではなく、「財」と同時に政治の「政」がついている財政にいくことにしたんです。そっちのほうがなんとなく生々しさがある。それだけです(笑)。ただ、こだわるほうだから、いちど人類の始まりに戻って経済を考えてみようと思って、本はよく読みました。
和田 そんなところから!
井手 ギリシャ哲学がスタートでしたね。さっきの話に戻りますけど、「経済」って英語で言うとエコノミーですよね。そしてエコノミーの語源は、ギリシャ語のオイコノミーです。
和田 あー、オイコノミー。
井手 はい。オイコスって言葉と、ノモスって言葉がひっついてオイコノモスになり、オイコノミー、エコノミーと変化していくんです。オイコスって何かと言うと、家なんです。ノモスというのは、法とか秩序とか。要するに、仲間たちが、大きな家の中で、お互いが支え合いながら秩序を作っていく。そういうことを表した言葉が、エコノミーの語源だと知ったんです。
和田 家が基礎にあり、共に作っていくんですね。
◆人間は一人ぼっちでは生きていけない
井手 経済というのは何も遠いどっかの話じゃなくて、家族が一緒に暮らしていくときに、じゃあ何か食べもの、果物とか魚とかを集めておきましょう、それをみんなに等しく分配しましょう、ということから始まってるんですね。お父さんはえらいから全部独り占め、とはならずに、みんなに均等に分配する、ということなんです。
和田 均等に、というのが大事だ。
井手 それがもともとの経済なんです。長く見てもたかだか16世紀から今までの4~5世紀ぐらいの間に、お金もうけが経済だって考え方が広がっただけで。そんなの、人類の歴史から見たら、瞬きみたいなもんですよね。
和田 そうか……、じゃあ国語辞典にあった解説は正しいんですね。
井手 「人間の共同生活に必要な物資・財産」ってあったけど、いいとこ突いてると思う。人間がみんな持ってる欲求を物で満たすという活動が「経済」なんです。例えば、空腹を満たすためにお金でパンを買うという行為は、経済ですよね。ではこれはどうでしょうか。江戸時代は、屋根が傷んだら、近所のみんなでお互いに修理し合っていました。この行為は「経済」と呼べるでしょうか?
和田 お互いに満たし合っているから、経済と呼べる?
井手 そう、お互いに支え合って欲求を満たし合ってるもんね。お腹がすいている人がいて、「はいどうぞ」ってお米を渡すことを、いまの世の中では「再分配」って言いますよね。
和田 持てる人が持たざる人に分ける。
井手 そう、お金もうけと真逆。だけど、これも、お腹がすいた、ご飯が食べたいという人の欲求を満たしているわけでしょ、だから経済なんです。困っている人がいたら声をかける。みんなでやろうぜ、って。これだって立派な経済なんですね。なぜこういうことが行われてきたかというと、人間って一人ぼっちでは生きていけないからです。支え合わないと生きていけない。経済って、もともと「経世済民」(※)という言葉からきていますよね。救済の「済」の字が入ってるじゃないですか。経済って、もともと人々を助けるためのものでもあるんですよ。
※中国晋代の書『抱朴子』で同様の言葉が使われている。「世の中を治めて民を救うこと」という意味で、始めは政治を指す言葉だったが、日本では幕末に「economy」の訳語に使われ、「経済」と略されていまと同じ意味で使われるようになった。
◆まとめと次回予告
「経済とは、もともと人々を助けるためのもの」と井手さん。和田さんと同じように、編集担当である私も、「経済」という言葉をとても狭い意味でとらえていたんだな、と気がつきました。
「とはいえ、やっぱり現代では『経済=お金もうけの手段』という側面が強い?? なぜそんなふうにしか思えないの?」という和田さんの問いから、次回はスタートします(編集部) 。
第2回「経済のことを知らなくても、生きていけるけれど」は、明日8月10日に更新します。
*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)
*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
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写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部