暮しの手帖だよりVol.21 early summer 2020

2020年06月12日

dayori21

絵 牧野伊三夫

言葉に力をもらいながら、
これからの暮らしのあり方を考えて。
在宅勤務のなかでつくりあげた、
初夏号をお届けします。

文・北川史織(『暮しの手帖』編集長)

 

編集部にその封筒が届いたのは、4号が出てしばらく経った頃ですから、2月半ばくらいだったでしょうか。中身は、一冊の詩の雑誌と丁寧な直筆のお手紙で、「今度、私たちの雑誌で石垣りんさんの特集を組むので、そこに文章を寄せてくださいませんか」とのご依頼でした。
正直、困ったなと思いました。石垣りんさんの詩は、もちろんいくつかは知っていますが、詩を愛する人たちの雑誌に何を書けるだろうか。
でも、無下にお断りするのも失礼ではないかと思い、その方へメールをお送りしました。自分は適任ではないと思いますが、おすすめの一冊があればそれを読んで考えたいと思います、いかがでしょうか。
そして教えていただいたのは、『空をかついで』(童話屋刊)という、文庫本サイズの愛らしい詩集です。私は何度か読み返し、心に触れる詩は何編もあったものの、やっぱりうまく言葉にできそうになく、お断りしてしまったのでした。

 

*

 

時は流れて東京の桜が満開を過ぎた頃、私たち編集部員は在宅勤務態勢で6号の校正作業をスタートさせました。
私の一日といえば、簡単な朝食をとって身なりを整えたら、机の前に座り、あとはひたすらパソコンや校正紙とにらめっこ。はっと気づけば昼はとうに過ぎていて、大急ぎで何かをつくって食べ、また机に向かう。次に我に返ると、とっぷりと夜は更けている……という有様でした。

遅い晩ごはんを食べながらテレビをつけると、先の見えない日々のなか、つらい思いをしている人びとの姿が映ります。思わず、涙が出てきます。
この試練は、私たちに何をもたらすのだろう。雑誌はこんなとき、何ができるのだろう。必死の制作も自己満足に思え、真っ暗闇にボールを投げるような気分になりました。
そんなときでした、あの詩集を寝る前に開くようになったのは。
一編を読むと、しばらく頭のあたりに留まっていますが、やがてすっと胸にしみ込む瞬間がある。生きること、暮らすことへの切実な思いや発見が、丹念に磨かれて「言葉」のかたちをとり、それはいつか必要とされるまで、ただそこで待っている。
安直な励ましの言葉ではないからでしょう、本当の意味で慰められた思いがしたのです。

そこで思い出したのが、6号の巻頭記事の取材のとき、科学者の中村桂子さんが引用した詩でした。
まど・みちおさんの「空気」。一部をご紹介します。

 

〈ぼくの 胸の中に


いま 入ってきたのは


いままで ママの胸の中にいた空気


そしてぼくが いま吐いた空気は

もう パパの胸の中に 入っていく

同じ家に 住んでおれば


いや 同じ国に住んでおれば


いやいや 同じ地球に住んでおれば


いつかは


同じ空気が 入れかわるのだ


ありとあらゆる 生き物の胸の中を (後略)〉

『まど・みちお全詩集』(理論社刊)より

 

生き物の科学を研究してきた中村さんは、この詩にあるように、「(人が)生き物として生きる以上、中と外をきっちり分けることなんてできない」と話します。
「地球に優しく」なんて言い方は「上から目線」。私たちは、他の生き物とのつながりのなかで生きているのだから、「中から目線」で暮らしを見て、根っこにある幸せを考えなければならないと。

取材は「コロナ禍」が始まる前のことでしたが、いま読むと、その言葉の一つひとつに胸をつかれます。
もちろん、私たちには暮らしへの夢や欲もありますから、ここでいきなり悟って「小さな暮らし」に切り替えるのはむずかしいかもしれません。けれども、いま何を変えていけば、この苦難を将来の糧にできるのか。社会のために、自然環境のために、そして自分のために。
私自身、まだ答えは出せていませんが、闇に目を凝らすようにして考え続ける日々です。

 

**

 

さて、気を取り直して、巻頭に続く記事をご紹介しましょう。

私は数年前に『暮しの手帖のクイックレシピ』という別冊をまとめたことがあり、その際、「切る手間を省けば、時短になるんだな」と実感しました。
忙しいときは、みじん切りやせん切りのある料理を敬遠しがちではありませんか? では逆に、切ることが得意で好きになったら、料理はもっとラクで楽しくなるんじゃないかな。
「庖丁仕事はリズムにのって」は、そんな発想で企画しました。

まずは、指導者の渡辺麻紀さんに、編集部のキッチンでいろんな切り方のレッスンを受けました。姿勢や庖丁の握り方、まな板の扱い方などの基本も。数時間後、担当の平田と佐藤がせん切りする様子は、まさしく「リズムにのって」いる。
ああ、切ることってこんなに楽しかったのか! そんな感動と発見を盛り込んだこの記事、ぜひ、お役立てください。

新連載「有元葉子の旬菜」は、いまや薄れつつある食材の旬やその背景を知り、季節に寄り添う料理をこしらえながら、日々の食を見つめ直すという内容です。
今回登場するのは、新れんこん、新にんにく、新ごぼうと、「新」がつく野菜。たとえば新ごぼうをごく細切りにし、さっと湯通しすると、食感も香りも損なわない。それを刻んだニラ入りのしょう油ダレで和えるサラダは、まさにこの時季だけの味わいです。
野菜は自然の一部であり、キッチンは自然とつながっている。そんな実感が湧いてくる頁です。

「干物をいろんな食べ方で」は、「魚をもっと食べたくても、日持ちしないから買いにくい。ならば、干物を活用してみるのは?」と、担当の田島が発想して生まれました。
ツレヅレハナコさんの「アジの干物のたっぷりディルのせ」、田口成子さんの「アジの干物と葉野菜の炒めもの」などの料理はいずれも、ひと皿で野菜もたっぷりとれるのがうれしいところです。
お酒のおつまみに、お昼ごはんにと、いろいろ活用できますよ。

ところで、みなさんの家には、割れたり欠けたりしたままの器がありませんか? 
もしかしたら、こうお考えでしょうか。「金継ぎはなんとなく知っているけれど、プロに頼むほどの高価な器でもないし、自分でやるのはむずかしそう。でも、愛着があるから捨てられない……」。
そんな方のための記事が、「至極やさしい金継ぎ教室」です。指導の山下裕子さんに相談し、道具も手順も、省けるところはなるべく省いてシンプルに。初心者ばかりの編集部員を生徒にした教室を開き、どんなポイントで迷うのかなど、しっかり取材してつくりあげた記事です。
たとえ思い通りに美しく仕上げられなかったとしても、自分で繕うと、なぜだか愛着が増す。それも金継ぎのいいところですね。


最後にご紹介したいのは、「等身大の介護」。
執筆者の一条道さんは、35歳のときから5年間、母を自宅で介護する傍ら、『かいごマガジン そこここ』を創刊しました。若くして大変な経験をされてきたのだなあ、と思うのですが、一条さんと話すと、気負いやつらさは感じさせず、じつに朗らかなのです。
記事では、自身のやりたいことも大切にしながら試行錯誤して見つけた介護のかたちを綴り、さらに、介護生活を模索中の二組のご家族を取材しています。
「人は一人ひとりが違っているのだから、介護のかたちもさまざまなはず」と一条さん。
タイトルに添えたコピーは、「無理しない、抱え込まない、でもちゃんと向き合う」。介護のプロにも頼りながら、ストレスをため込まずに向き合っていくにはどうしたらいいか、考えるヒントにしていただけたら幸いです。

 

***

 

いまはウイルス感染拡大の影響で、介護の現場を支える方々も、ご家族も、ふだん以上の苦労があると聞きます。どうか、この社会がごくふつうに助け合い、支え合う姿に変わっていけますように。
緊張感のある日々が続きますが、みなさま、お身体をいたわってお過ごしください。

 

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◎リーフレット「暮しの手帖だより」は、一部書店店頭にて配布しています。
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暮しの手帖社 今日の編集部