第1回 春はスミレの砂糖漬けを
2025年03月25日
第1回 春はスミレの砂糖漬けを
初めまして。大好きな『暮しの手帖』のWeb連載がスタートし、このたび、食にまつわるエッセイを書かせていただくことになりました。とても光栄です! どうぞよろしくお願いいたします。
私は幼い頃から、引っ越しが多い人生を送ってきました。日本、フランス、そしてアメリカ……改めて指折り数えてみたところ、国内外合わせて25カ所、海外への引っ越し時や帰省など数カ月間の仮暮らしを含めると、それ以上になることに気付き、自分でも驚いています。
幼い頃から料理に興味津々で、台所で過ごすのが好きだった私は、引っ越すたびに新しいキッチンにワクワクしていました。コンロや蛇口はもちろん、戸棚や引き出し、そして窓からの景色も全てが新鮮です。いったい台所以上に面白い場所なんてあるでしょうか? まだキッチンを使えない小さな頃から、踏み台を持ち出しては背伸びをして観察したり、こっそり砂糖をなめてみたり、冷蔵庫を背に床に座ってぼんやりと考え事をしたりするのが好きでした。それは大人になった今でも、相変わらずだなぁと思います。
どんなキッチンでもサイズや便利さにかかわらず、それぞれにクセや使い方のコツがあると思うのですが、それを徐々に見つけながら上手に使いこなせるようになる過程もキッチンの醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。友人宅や旅先のキッチンでオムレツを焼いたりすると、いつも勝手が違うことに気付いて面白いなと思います。
それにしても私の人生、これまで何度コンロのツマミを回してきたことでしょう。火を付ける時のカチカチという音が心地よく感じるのは、子どもの頃、生まれて初めて使った時のうれしさが心のどこかに今でも残っているからかもしれません。朝も夜も、うれしい日も悲しい日も、一人で台所に立ち、鍋の底をのぞき込んで火加減を確かめる時も、その小さくて暖かい炎を見ていると、なんだかホッとして、ちょっと幸せな気持ちになるのは不思議です。
この連載では、日本とフランス、そしてアメリカで生活しながらさまざまなキッチンで料理をしてきた私の、食にまつわる楽しいお話やおいしいレシピをご紹介していきたいなと思っています。
今回は「スミレの砂糖漬けとレアチーズケーキ」です。
アメリカ北東部にあるペンシルベニア州のランカスターに引っ越したのは2020年の初夏。コロナのパンデミックの影響で、数カ月にわたって行われたNYのロックダウンが段階的に解除され始めた頃でした。
ランカスターは、それまでも家族と何度か週末に訪れ、小さな村や農場に宿泊していた大好きな場所でした。それまで住んでいた大都会のNYから離れて、深呼吸ができるような田舎でしばらく静かに暮らしたいと思ったのです。ランカスターには「アーミッシュ」と呼ばれる人たちのコミュニティーがあります。17世紀に宗教迫害を逃れてきたドイツ系開拓移民の子孫で、キリスト教の教えに忠実に従い、今も入植当時と変わらぬ素朴な暮らしを続けています。馬に引かせる耕作機で田畑を耕し、町へは馬車で出掛け、生活用水に井戸や雨水を使い、夜はランプやロウソクの下で夕食を取り、冬はストーブで薪を焚くというアーミッシュの暮らしぶりは、パンデミックを経験した私たちにとって大変興味深いものでした。
しばらくの滞在のつもりが5年になり、その後アーミッシュの友人ができるようになるとは、移った当時は想像もしませんでしたが、それだけランカスターでの暮らしは、穏やかで静かな時間に包まれていました。
私たちが最初に住んだのは200年前に建てられたという小さなかわいいヴィンテージハウスで、部屋には暖炉と、家の何倍もある広い庭がついていました。毎朝、窓を開けて庭を眺めると、青い鳥のカップルが塀の辺りで遊び、夕方になると蛍がフワフワと飛び、光っています。秋には赤や黄色の枯れ葉が美しく、冬は真っ白な雪で覆われました。そして初めての春が来た時、野生のスミレがまるで絨毯(じゅうたん)のように庭一面に咲き出したのでした。スミレはタンポポのように、春になるとNYの公園や裏庭でもなじみのある野草でしたが、こんなにぎっしりと咲いている姿を見るのは初めてだったので、ウットリしてしまいました。
ある日、昔パリに住んでいた頃に、友人からトゥールーズのお土産でViolette Cristalliséeというスミレの砂糖漬けをもらったのを思い出したのです。庭のスミレは、フランスのものと種類は違うので、そこまで香りが強くないのですが、あまりにかわいらしいので、娘と一緒に作ってみることにしました。
それから毎春、スミレを摘んで砂糖漬けを作るのが、わが家の定番になったのです。クセのない優しい味なので、チーズケーキだけではなく、クッキーやサラダなどのトッピングにも合います。食べられる植物のほとんどは、その花も食べることができるので、ハーブや野菜、果物などの花を、同じ方法で砂糖漬けにするのも良いですね。
わが家では、チーズケーキはレアのものと焼いたもの、どちらも大好きで時々作るのですが、春から初夏は、よりさわやかなレアチーズケーキが好きです。オレンジやレモンなど、旬の柑橘の果汁を少し加えるのがポイント。皮を細く切って乾燥させたものを砂糖漬けにしてトッピングしてもおいしいですよ。
ぜひお試しください!
皆さま、どうぞすてきな春をお過ごしくださいね。
文・写真 カヒミ カリィ
『スミレの砂糖漬け』
材料(作りやすい分量)
・スミレの花…適量
・卵白…適量
・グラニュー糖…適量
作り方
スミレの花を優しく洗い、キッチンペーパーなどで水分を拭き取ります。花を片手で持ち、卵白(あればバニラエッセンス数適を加えても)を細い筆(またはハケ)で、花の両面にうすく塗り、グラニュー糖をまぶしかけます。クッキングシートに並べて陰干しし、2〜3日乾燥させたら出来上がりです。
『レアチーズケーキ』
材料(直径18cmの底取型1台分)
・クリームチーズ…250g
・プレーンヨーグルト…200g
・生クリーム…200g
・グラハムクラッカーやビスケット…150g
・砂糖…70g
・バター(食塩不使用)…60g
・粉ゼラチン…7g
・牛乳…あれば大サジ3杯
・柑橘のしぼり汁(レモンやオレンジなど)…大サジ1杯
作り方
1 クリームチーズを室温におき、柔らかくしておきます。
2 小さなボールにゼラチンを入れ、冷水大サジ2杯を振り入れ、ふやかします。
3 クラッカーを厚手のポリ袋に入れ、めん棒などで細かく砕き、ボールに移します。
4 バターを湯せんで溶かして、3のボールに加え、あれば牛乳を加えてゴムベラで混ぜ合わせます。
5 クッキングシートを型の底面に合わせて切り、底にしきます。型に4をしきつめ、コップの裏などで押しつけて平らにし、ラップをして冷蔵庫で冷やしておきます。
6 クリームチーズを湯せんにかけ、柔らかくなったら砂糖を加え、泡立て器でクリーム状になるまでよく混ぜます。生クリーム180g、ヨーグルト、柑橘のしぼり汁を加え、よく混ぜます。
7 小鍋に生クリーム20gを入れて軽く温めたら火から下ろします。2のゼラチンを加え、ゼラチンがダマにならないように泡立て器でよく混ぜます。
8 6に7を加え、泡立て器でよく混ぜ、ザルなどで漉します。
9 5の型に8を流し入れ、ラップをして冷蔵庫で2~3時間しっかりと冷やし固めます。型から外して器に盛り、スミレの砂糖漬けをのせます。◎型の周りに温めたフキンを巻き、少し温めると、きれいに外すことができます。
カヒミ カリィ
ミュージシャン、文筆家、フォトグラファー。1968年生まれ。
フランスで約8年、アメリカで約13年暮らし、2025年春に日本へ帰国。
『暮しの手帖』の連載「すてきなあなたに」にも寄稿。
Instagram:https://www.instagram.com/kahimikarie_official/