かけがえのないものって?
――編集長より、最新号発売のご挨拶
こんにちは、北川です。
暖冬といえども、しだいに寒くなってくると、年の瀬が近いのだなあとしみじみします。昨年のいまごろに出た27号の「編集者の手帖」に、「懐猫(ふところねこ)」という造語を載せたところ、「わかるなあ」とおっしゃる方がけっこういらっしゃいました。
就寝時に布団の端をちょっと上げると、飼い猫がするっと入ってきて、胸のあたりをぬくぬくと温めてくれる。生きものと暮らす喜びはいくつもありますが、これもその一つで、私にとっては冬の風物詩。昨晩も「懐猫」を味わいましたよ。
さて、最新号の表紙をご覧ください。ベッドに入った少年のまわりに、いろんな生きものが集まっています。犬や猫、小鳥、そして夢の中に息づくような不思議な生きものたち。緻密でファンタジックな世界の作者は、画家のjunaida(ジュナイダ)さんです。
そう、少年が開いているのが『暮しの手帖』だと、お気づきになりましたか? この一冊を開けば、知らない世界を旅したり、「暮らし」の奥深い面白さに入りこんでいけたりする――私はそんなことを連想するのですが、皆さまはいかがでしょう。
年末年始にお届けするこの号は、「冬休みの間にじっくり読んでくださる方が多いはず!」と、力を入れた11本の特集記事を揃えました。発売日の25日から一つずつ担当者がご紹介しますので、ぜひお読みになってくださいね。
私が担当した特集記事の一つは、「湯宿さか本 冬の味」。このお宿の若き経営者、坂本菜の花さんを取材した記事「普通をしっかりやっていく」(22号)がご記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんが、今回は宿の料理から6品の作り方を教えていただきました。
「さか本」があるのは石川県珠洲(すず)市で、海の幸、山の幸に恵まれた土地です。「カキと大根の水餃子」は、近隣の穴水町でとれたカキを小さく切り、大根の角切りとともに包んでゆで上げたもの。熱々に酢じょう油をつけて頬張れば、まさに「冬の味」が口いっぱいに広がります。
編集部で試作して「まるでお店の味!」と驚かれたのは、「はす蒸し」。すりおろしたれんこんと市販のウナギの蒲焼きを合わせて蒸し、葛でトロミをつけたダシをはる料理ですが、これを冷え込む日にいただいたら、さぞおいしいだろうなあ。
私がいちばん好きなのは、「小芋の天ぷら」。小さな里いも(石川小芋)をうす味のお煮しめにし、ごくうすい衣をつけて揚げるという、なかなか凝ったひと品です。サクッと齧った瞬間は、「里いもを揚げただけなのかな?」と思うかもしれませんが、あとから甘味とうま味がじわっと追いかけてきて……手をかけるだけの意味がある、そう思える「滋味深さ」なのです。
さか本の年内営業は、大晦日の朝まで。昼前には、長い付き合いのお客さんが十数人、各地から集まってきて、大掃除が始まります。
お客は「勝手知ったる」という感じでそれぞれの持ち場をテキパキと清め、終えたら、土間でわいわいと餅つき。続いてチームに分かれてそば打ちをし、夜はご馳走を囲んで語らい、除夜の鐘が鳴るころにそばをゆでて啜る。それはもう、賑やかであったかな年越しなのです。
昨年の大晦日、私もこの輪の中に混ぜてもらって過ごし、翌元日の夕方、能登半島地震を体験しました。水や電気が止まった状況でしのいだ数日間のことは、以前にも書きましたので省きますが、帰京してからもずっと、能登の風景が心にありました。
今回の記事は料理のほかに、「震災で、菜の花さん一家が経験したこと、考えたこと」を読み物としてまとめています。そもそも、ご紹介する6品はいずれも、大晦日の集いによく出される料理なのです。
地のものを生かし、心を尽くして作る料理。それを気の置けない人たちと分かち合うひととき。そうした「人との繋がり」があるからこそ、いざというときに助け合うことができる。料理と震災、ふたつは離れているようでいて、ちゃんと結びついています。
そして、震災のような「非日常」をしのぐ力は、日常の暮らしを人任せにせず、手と足と知恵を使い続けることで培われるようにも思います。まさに「普通をしっかりやっていく」ことが大事なのですが、さて、自分がそれをできているかな……やっぱり、省みてしまうのです。
あなたの暮らしにおいて、本当にかけがえのないもの、守りたいものってなんでしょうか。年末年始にこの一冊をゆっくりと繰りながら、そんなことにも思いをめぐらせていただけたら嬉しく思います。
最後に、能登で大雨による土砂災害に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。どなたさまも、どうかお身体をいたわって、穏やかな年越しをお迎えになられますように。
『暮しの手帖』編集長 北川史織
◎長年、表紙を刷っていた機械が32号で「引退」することになり、今号から表紙の加工を変えました。お気づきになられたでしょうか。表紙は雑誌の「顔」ですから、少し割高にはなりましたが、絵をより美しく表現できる仕上げを選んでいます。次号の表紙も、どうぞお楽しみに。