花森が愛情を込めた、幻の影絵絵本を

2024年11月14日

花森が愛情を込めた、幻の影絵絵本を

 1950年に刊行された、藤城清治さんの初めての影絵絵本『ぶどう酒びんのふしぎな旅』。
 初代編集長・花森安治の提案から生まれたこの本は、藤城さんがアンデルセン童話の中でも一番好きだという『びんの首』が原作です。残念ながら、今では社内にも数冊しか残っておらず、古書店でもなかなかお目にかかりません。今回、その“幻の影絵絵本”とも言われる一冊を、別冊『100歳おめでとう 影絵作家 藤城清治』刊行を記念し、復刻版としてとじ込み付録にしました。

当時の藤城さんの影絵はまだ色はなく白黒。だからこそシャープで、それでいて温かみのある独特の線や、大胆な構図が際立ち、頁をめくる度に洗練された美しさに心震えます。
 さらに、その美しさを引き立てているのが、花森のデザインです。影絵に黒い縁を付け、文字色を茶系に。このような細やかな工夫から、花森の藤城作品への愛情を感じていただけると思います。

 そのため復刻版では、当時のデザインや文章を踏襲し、修正は最低限にとどめました。けれども、判断に迷った箇所がいくつかありました。その一つが以下のくだりです。
 「こうして、このびんの口は、ふしぎな身の上話を、自分と自分に話して聞かせはじめました」
 主人公のぶどう酒びんが、自身の数奇な生涯について語る場面です。編集部では「“自分で自分に”の誤植ではないか」「取るはずだった“自分と”が残っているのではないか」とさまざまな意見が飛び交いました。そんなとき、手書きの元原稿が見つかり、「自分と自分に」は、何と花森の手による加筆であることが判明。孤独はぶどう酒びんの、誰かに話したいと思いつつも、話す相手がいない寂しさを強調するために、「自分と自分に」と加筆したのだろう。そう解釈し、そのまま掲載することにしました。

 花森が細部にまで手を加え、世に送り出した影絵絵本。復刻にあたり、「花森の思いを継ぎ、現代の発想で、影絵絵本をより楽しんでいただける工夫を……」と、初の試みで、同作の朗読音声を特典として付けました。読んでくださったのは、声優の津田健次郎さんです。『ぶどう酒びんのふしぎな旅』は童話と言っても、人生の苦味が詰まった大人っぽいお話。津田さんの深みのある声が、白黒影絵と童話が織りなす作品世界を、色鮮やかに描き出してくださっています。なお、朗読音声はダウンロードして聴いていただくもので、期間限定の特典です。ぜひお早めにお手に取って、お楽しみください。(担当:須藤)

本の概要はこちらからご覧いただけます。


暮しの手帖社 今日の編集部