『虎に翼』が教えてくれたこと

2024年09月25日

『虎に翼』が教えてくれたこと
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
この暑さはいったいいつ引くのだろう……と思っていたのが噓のように、急に涼しくなりました。窓を開けて、ひんやりとした風に吹かれながら読書していると、飼い猫がぴたっとくっついてきます。ああ、秋になったのだなあ。
さて、今号の表紙画に描かれているのは、チェコのサビ猫さんです。絵の作者は、チェコのプラハに長年暮らしながら創作を続ける、画家で絵本作家の出久根育(でくね・いく)さん。今年の1月から3月に、武蔵野市立吉祥寺美術館で展覧会「出久根育展 チェコからの風 静寂のあと、光のあさ」が催されたのですが、会期中に帰国されたタイミングでお会いし、表紙画を依頼したのでした。

まるで絵本の一頁のような温かみのあるこの絵は、出久根さんが暮らすアパートの秋の風景だそう。かごの中のりんごは、やがて出久根さんのもとにやってきて……続きは、171頁の出久根さんの言葉をお読みください。愛猫(サビ猫です)がモデルとなった絵本『ぼくのサビンカ』もおすすめですよ。

今号は、みなでひと頑張りして、いつもより多めの14本もの特集記事を揃えました。あすから1本ずつ担当者がご紹介しますが、ここでは、私が担当した巻頭記事「朝ドラ『虎に翼』対談 『はて?』をずっと忘れない」について書きたいと思います。

『虎に翼』、ご覧になっていますか? 
私は朝ドラファンとは言い難く、これまで「通し」で観たのは、『暮しの手帖』の創刊者たちがモチーフとなった『とと姉ちゃん』くらい。あとは、子ども時代に観た『おしん』ですね。
『虎に翼』は、始まってすぐにまわりの人たちが話題にしていて、配信で観てみたところ、はじめの数回で夢中になってしまいました。
主人公の寅子(ともこ)は、「女の人の幸せは結婚」という価値観に「はて?」と首をひねり、見合いの席では相手と対等に語り合おうとして、「女のくせに生意気な」と怒りを買う。創立されてまもない明律大学女子部法科に進んで弁護士となるも、未婚の女性ということで依頼人はつかず、結婚して子を授かると、今度は「仕事をしている場合じゃないだろう」と休職を勧められる。
いやはや、なんだかうっすら見覚えのある「理不尽」であるなあ。この朝ドラの作者はきっと、「いま」に繋がるいろんな課題を描き出そうとしているのじゃないかな。
私は30号(5月25日発売)の「編集者の手帖」で『虎に翼』について触れて、すぐさま脚本家の吉田恵里香さんに対談企画を申し込みました。対談のお相手として思い浮かんだのは、元NHKアナウンサーの山根基世さん。山根さんは、女性として初めてNHKアナウンス室長を務めた方ですが、まだまだ男社会であった組織で「あとに続くアナウンサーのために」と力を尽くした経験を、20号「わたしの手帖」で語ってくださったのでした。

対談企画は、「出だし」がけっこう大事です。山根さんと私たち編集者は打ち合わせを重ね、「はじまりは、憲法第十四条のことをお尋ねしよう」と決めました。幅広い世代の、いろんな思想を持つ人たちが観る朝ドラ。その1話目の冒頭で、憲法第十四条が朗々と読み上げられるのですが、それって「お堅いドラマなのかな」と敬遠されそうでもあり、冒険ではないかなあ――そう思っていたのです。
この「出だし」は功を奏しました。吉田さんが語ってくださったのは、「この朝ドラで、長年書きたいと思いながら書けずにいた、『人権』を取り上げたかった」ということ。「人権」というのは、すべての人に平等にあって、私たちは、人種や信条、性別などで差別されないことが、憲法十四条の下で保障されている。寅子のほかに、朝鮮半島出身の女性や、同性愛者の男性の生きざまがきちんと描かれている理由が胸に落ちました。
さらには、「反戦」を精いっぱい伝えたいという、ゆるぎない考え。ドラマでは、戦争を止められなかった人物の後悔と懺悔も描かれ、「私たちが、いまのこの状況でできることはないのだろうか」と突きつけられるようです。
そのほか印象的だったのは、「社会における、ケアを担う人へのまなざし」でしょうか。以下、吉田さんの言葉より。
「バリバリ働きたい人も、それなりに働きたい人も、子育てに専念したい人も、それぞれの生きたいように暮らせるのがいい社会のはず。でも今は誰かが懸命に働く際に『ケアする人』必須の社会で、なぜかケアする人が日陰で目立たなくなる」
その通り! と思う方は、ぜひ、この対談記事をお読みください。『虎に翼』はいまがまさに佳境ですが(最終回は27日)、記事を読んでから配信でご覧になっても遅くはありませんよ。

最後に、このたびの能登半島の豪雨で被害に遭われた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。私は、今年の1月と6月、つい先週も、奥能登を訪れています。これ以上傷が広がらないよう、一刻も早く支援の手が届くことを祈っています。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部