自分の持ち場でできること
――編集長より、最新号発売のご挨拶
こんにちは、北川です。
つい先日、閉店間際のスーパーでせわしく買い物をしていると、大ぶりの筍が目に入りました。一本980円也。まだちょっと高い気がするけれど、筍ご飯が浮かび、手が伸びていました。
昨年の23号の記事「春を楽しむ和のおかず」にならい、筍をゆでたら、すぐさま一番ダシの煮汁で煮る下ごしらえを。その煮汁で炊きこむ筍ご飯は、香りがよく、まさに春の味がしました。
年齢を重ねるにつれて、食材の旬をとらえて味わうことが、しみじみと嬉しく、ありがたく思います。皆さまは、どんな春の日々をお過ごしですか?
今号の表紙画は、香川在住の画家・山口一郎さんによる「march of colors」。生きる喜びがみなぎるようなこの絵、じつは、ある有名な曲の歌詞をマスキングテープに書き、コラージュしてつくられています。
どんな曲か、そしてそこに込められた山口さんのメッセージは? ぜひ、169頁をお読みください。
前号の「最新号発売のご挨拶」で、石川県珠洲市で被災した体験を綴ったところ、思いがけず多くの方々から温かいメッセージをお寄せいただきました。ありがとうございます。
わずか数日の出来事でしたが、帰京してしばらくは、蛇口から湯水が出ることや、トイレが普通に流せることに、安堵とありがたみを感じたものです。
そして、この号で取材をした、ある記事の言葉がたびたび胸に浮かびました。巻頭記事の「わたしの手帖」で、作家でジャーナリストの内田洋子さんが語ってくださった、こんな言葉です。
まずは自分を大切にする。
心と身体が元気なら、
側にいる弱い人から助けていこう。
その範囲を徐々に広げていければ
社会が良くなっていくのではないか。
被災された方々に思いを寄せて、自分なりにできることはないかと考える。あるいは、少し飛躍するようですが、ウクライナやガザで犠牲になっている弱い立場の人びとのことを思い、この悲惨な戦いをなんとか終えられないものかと考える。皆さまの中には、おそらくそんな方が多いのではないかと想像します。
自分の暮らしをいつくしみ、大事に思うからこそ、他者の暮らしが損なわれたときの痛みも鋭く感じられる。同時に、「たった一人の自分に何ができるのか」と、無力感を覚える方もいらっしゃるのではないでしょうか。SNSの投稿などを読んでいるとそう感じますし、じつは私も同じです。
だからこそ、内田さんの言葉にはハッとさせられ、胸に小さな灯りがともった気がしました。私は私の立場から、「自分の持ち場でできること」を考え、諦めずにやり続けていこうと。
内田さんは、長年イタリアで暮らしながら、現地のニュースを日本に伝える通信社を一人で営んでこられた方です。階級が根づいているヨーロッパ社会で、異邦人だからこそ入り込んで目にできたこと。街角のバールで隣り合わせになった人びとに気楽に話しかけ、裏社会の話題から若者の最新事情までをキャッチする取材力。いわば人間力がたくましく、人間観察にすぐれた内田さんの言葉は、強くて明晰で、どこか温かいのです。
日本ではコロナ下で「自助、共助、公助」という言葉が唱えられ、「その順序は違うのでは? まずは公助ではないか」という批判が集まりました。私もそう思います。
ただ、「自助」や「共助」が不要かと言えば、もちろんそんなことはなく、自分の足で立って暮らしを営む力や、まわりの人に手を差し伸べて助けることは、やはり大切でしょう。
本当の意味での個人主義とは何か。世界でさまざまな弱者が生まれるいま、私たちはどう生きていけばよいか。ぜひ、内田さんの言葉に耳を傾けてみてください。
この記事のタイトルは「どんな色にも意味がある」。色とは、私たち一人一人の、決して一つではなく優劣のつけられない「生き様」そのものなのです。
さて、最後に一つ、お願いがあります。
26号の「コロナ下の暮らしの記録」に続き、来年34号の掲載をめざして「災害時の暮らしの記録」の投稿を募ることにしました。地震や水害などの自然災害により、避難所や在宅避難で暮らしを送ったご経験をお持ちの方に投稿をお願いしています。
平時の暮らしでは見えてこないこと、ご経験から得た知恵や教訓を、誌面でお伝えできたら幸いです。詳しくは、下記をご覧ください。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/blog/information/20240325
そのほか10本の特集記事は、明日より一つずつ、担当者がご紹介しますね。
寒の戻りのためか、桜の開花予想は少し外れたようですが、春はもうすぐそこに。身体をいたわりながら、どうかゆったりとお過ごしください。
『暮しの手帖』編集長 北川史織