あきらめなければ、佳き日がくる
――編集長より、最新号発売のご挨拶
こんにちは、北川です。初夏らしい、爽やかで気持ちのよい気候になりましたね。
私が暮らす浅草は、つい先日(5月19日から21日)、「三社祭」が催されました。テレビなどの報道でご存じの方も多いでしょうか、100基近いお神輿が町中を練り歩く、たいへん賑やかで勇壮なお祭りです。
じつは私は、2019年の三社祭の最終日に浅草に越してきたのですが、その日は引っ越しで手いっぱいでそれどころじゃなく、翌年からは、コロナ下となってお祭りは縮小。ですから、本来のすがたの三社祭を見たのは今年が初めてでした。
お神輿を担ぐ人びと、沿道で手拍子を打つ人びとの顔を見ると、もうニコニコとして喜びが体中から溢れんばかり。朝から、お囃子の音色と威勢のよい掛け声がほうぼうから聞こえてきて、なんと言いますか、町中がスイングしているようなありさまでした。
ああ、人にはお祭りが必要なんだな。なんてことない日常を、淡々とたゆまずに送るためにも。手拍子を打ちながらそんなことを思い、ふと胸に浮かんだのは、「あきらめなければ、佳き日も訪れる」という言葉でした。コロナ下に味わったいろんな感情がどっと思い出されて、そんな言葉が浮かんだのかもしれません。
みなさんも、いまありありと思い出すコロナ下の印象的な出来事、言葉にして残しておきたいことがおありでしょうか。編集部では、そうした「コロナ下の暮らしの記録」を募っておりますので、ぜひ、下記よりお原稿をお寄せください。6月12日までお待ちしております。
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/blog/information/20230502
前置きが長くなりましたが、最新号の24号のご紹介を。
表紙は、イラストレーターの長崎訓子さんによる「hop」。大きなホットドッグの上でスケートボードに乗る女の子がなんとも軽快で、元気をもらえるようなイラストレーションです。今号は、この女の子さながらに、自分の道を見いだして歩んできた、4人の女性が登場します。
1人目は、巻頭記事「わたしの手帖」にご登場の片桐はいりさん。個性派俳優として活躍し、小誌の創刊者がモチーフとなった朝ドラ『とと姉ちゃん』にも出演した片桐さんは、今年、還暦を迎えたそうです。若い頃とは違う自分を見つめて受け止め、力まずに、面白そうな仕事の話には乗ってみる。コロナ下を経て変わった心持ちについても、飾らずに語ってくださいました。
表紙に立てたコピー「鍛えるべきは愛嬌です」は、片桐さんの言葉。私はどきっとしましたが、みなさんはいかがでしょう。
2人目は、デザイナーのコシノジュンコさん。「わたしとお茶漬け」と題したインタビュー記事は、「お茶漬け」という身近な料理を通して、コシノさんの眼や感性を培ってきた、宝物のような思い出が語られます。
3人目は、小誌の連載でもおなじみの画家・ミロコマチコさん。ミロコさんが東京から奄美大島に移住したのは2019年の初夏のことですが、いまでは土地に根を下ろして暮らしている様子が連載からも伝わってきます。今回、「ミロコさんと地域の人びととの関わり」を取材してくださったのは、写真家の平野太呂さん。記事の結びの言葉を、私は何度か読み返しました。
〈暮らしとは、一人ではなし得ない。私にできることと、あなたができることの交換、その補い合いの連なり〉
ご自分の暮らしに引き寄せながら、お読みいただけたらうれしいです。
そして4人目は、琉球料理家の山本彩香さん、88歳。「山本彩香 琉球料理の記憶を旅する」は、編集者で作家である新井敏記さんによる記事で、10年ほど前に撮られた料理写真を軸にして構成しました。
みなさんは、「琉球料理」と「沖縄料理」の違いはご存じでしょうか。私は恥ずかしながら、よくわかっていませんでした。中国料理と日本料理のよいところを取り入れ、宮廷料理として発展したのが「琉球料理」。それをベースにしながらも、戦後のアメリカ文化の影響を受けて変化したもの(たとえばスパム入りのゴーヤーチャンプルーなど)が「沖縄料理」、という区別があるそうです。
今回は、撮影はなかったものの、新井さんとともに山本さんの那覇市のお住まいを訪ねてお話を伺いました。山本さんはまず、いまでも欠かさずにお作りになっている「豆腐よう」を出してくださいました。これは角切りにして水抜きした豆腐に塩を振って慎重に発酵させ、さらに紅麹と泡盛に漬けて二次発酵させたもの。くさみや、塩のとがった味はまったくなく、トロリと濃厚でフレッシュチーズのようなうま味が口いっぱいに広がります。なんてまろやかでおいしいのだろう! ほかで味わってきた豆腐ようとはまったく異なるおいしさに驚かされました。この小さな珊瑚色の豆腐ようには、山本さんが歩んできた困難かつ冒険的な人生や、沖縄の歴史や文化が詰まっている、そんな思いもしました。
山本さんの丹念な料理はまさに職人芸、家庭で簡単に真似ができるものではありません。けれども、滋養があることを第一に、体によいものを食べさせたいという作り手の願いや愛情、土地の食材を創意工夫して生かしながら、毎日の料理を自分なりに楽しもうという心持ちは、いまの私たちが忘れがちな、大切なことのように思えました。料理は本来、義務やルールに縛られるものではなく、体を養い、健やかに自分らしく生きていくための「営み」の一つなんですよね。
今号も、日々の暮らしを楽しみ、じっくりと味わうためにお役立ていただきたい、いろんな記事を盛り込みました。あすから一つずつ、担当者がご紹介しますので、ぜひお読みください。
最後に、このたびの能登地方の地震で被害を受けられた方々に、心よりお見舞いを申し上げます。不便が一刻も早く解消され、もとの穏やかな暮らしが戻ってきますように。
『暮しの手帖』編集長 北川史織