思い通りにいかなくたって

2022年11月25日

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思い通りにいかなくたって
――編集長より、最新号発売のご挨拶

このところ、ベッドに入って眠ろうとすると、飼い猫が懐のあたりにするっともぐり込んできます。ぬくぬくと温かくて、ああ、幸せ。私はこれを「懐猫の季節」と呼んでいるのですが、つまりそれだけ寒くなってきたということですね。お元気でお過ごしでしょうか?
考えてみると、この猫(名前はア太郎と言います)がわが家にやってきたのは2年近く前で、9号の記事「看取りのために、飼い主ができること」がきっかけでした。監修してくださった獣医師の髙橋聡美先生の動物病院がわが家からほど近く、「近所で保護された子猫がいる」とご紹介いただいたのでした。「かわいそうな猫がいるならば、引き取ろうか」という、なんというか、いま思えば上から目線な気持ちで譲り受けたのですが、いざ一緒に暮らしてみると、愉快だったりハラハラさせられたりで、仕事に追われる一人の暮らしにおおいに起伏が生まれました。
こちらが世話をしているようでいて、じつは、いろんなものを受け取っている。そういうことは、人と動物の関係性にかかわらず、この世界にいろいろあるのだろうなあ……そんなことを考えます。
前置きが長くなりました、ごめんなさい。
今号の表紙は、香川在住の画家・山口一郎さんによる「Hello,Goodbye」。この絵が編集部に届いて開封したとき、まわりにいた人たちから歓声が上がりました。
「かわいい!」「スカーフにしたい!」
雪の降る夜、さまざまな人や動物、雪男のような親子たちなどが行き交っています。雪だるまが先導する4人組は、『アビイ・ロード』のビートルズでは?(「裸足のポールがいるから、間違いない」とコメントする人あり) ひと仕事終えたサンタがトナカイと連れ立って歩き、ツリーや門松が運ばれて、杖をついたおしゃれなカップルは手をつないで歩いている。
じっと見ると、いろんな発見があって、心がぽかぽか温もってくるよう。私はこの表紙の校正紙を、自宅の壁に飾っています。「どうか、よい年末年始を過ごせますように」。今号には、そんな思いを込めた記事を揃えました。

「年末年始、わが家の逸品」は、「この季節になると決まって食卓にのぼり、そして家族がよろこぶ料理があったものだなあ」と思い出して企画しました(ちなみに、水戸にあるわが実家のそれは「あんこう鍋」でした)。料理家の方が腕を振るう「逸品」のほか、スタイリストの高橋みどりさん、作家の小川糸さんがエッセイとレシピをお寄せくださいました。どれも意外なほどやさしく作れますので、ふだんの食卓にもぜひどうぞ。
「おじいちゃんのお菓子と型」は、明治生まれのある男性が愛用した、お菓子の型から始まる物語。お孫さんから「おじいちゃんのお菓子」の記憶を取材し、残された型からお菓子を再現した、たいへんな労作です。こちらのレシピはクリスマスにおすすめです。

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「わたしの手帖」にこのたびご登場くださったのは、画家のささめやゆきさん。絵本や本の挿画で目にするささめやさんの絵は、なんとも言えない郷愁と感傷を誘われ、ほんの少し官能的でもあって、いったいどんな方なのだろう? と想像をめぐらせていました。一緒に本づくりをされたことのある翻訳家の伏見操さんにご紹介いただき、いざ、鎌倉の丘の上に建つご自宅へ。ささめやさんはウッドデッキに腰を下ろして、チャリティー企画に出すという「招き猫」に絵を描いておられました。
大学を卒業後、大手出版社で臨時社員をしていたという、ささめやさん。「臨時」と言っても文学全集を編み、たっぷり残業もして、正社員となんら変わらない仕事をしているのに、待遇はまったく違う。それに異議を唱える労働争議にかかわると、会社から肩たたきにあい、辞めることになります。わずかな退職金を手に、パリへ、ニューヨークへ。放浪暮らしのなか、まったくの独学で絵を描き、画家として歩み始めたのでした。
「できないってことは、べつにマイナスじゃない」とささめやさんはおっしゃいます。描きたいもの、描くべきものが見えているわけではなく、描いては考え、間違えたら、そこからまた考えて描いて……としているうちに、思いもよらない面白い絵ができている。間違いは、神様からの贈りものなんだ。
お話を聞くうちに、それは絵だけのことではなく、ささめやさんの人生全般に通じる話なのだと思えてきました。できなくてもいい、間違えてもいい。思い通りにいかなくたって、それはそれでいい。
アトリエでの取材中、妻のあやさんが大きなお盆を持って現れ、ハーブティーとパンを出してくださいました。このパンが、いい香りで、もちっとした食感で、とてもおいしい。聞けば、あるお寺の和尚さんから譲り受けた天然酵母を使って、ささめやさんが焼き続けているとのこと。ハーブティーは庭のハーブをブレンドしたもの、服や帽子はあやさんのお手製、家の土壁や窓ガラスもDIYで。そんな調子で、手を動かす暮らしがしっくりと身についているお二人なのでした。
ほんとうの豊かさとは、満足して生きるとは、どういうことなのだろう。ささめやさんにお会いしてから、そんなことを時折考えます。年末が近くなると、この一年の出来事をおのずと振り返りますし、同時に、これから先のことにも自然に思いが向いていくものですね。
「わたしの手帖」のほかにも、今号は心を動かされる読み物が充実しています。料理を作ったり、編み物をしたりするあいまに、どうぞゆっくりとお楽しみください。あすから、記事を担当した編集部員が一つずつ内容をご紹介します。

最後に。ちょっと早いのですが、今年も『暮しの手帖』をお読みくださり、ほんとうにありがとうございます。広告のない『暮しの手帖』は、購読料のみで支えられていますが、来秋には創刊75周年を迎えます。そのことに社員一同が驚き、奇跡のようだと感じ、そして深い感謝の気持ちをおぼえています。来年も、こころざしを持ち、精いっぱいに、暮らしに寄り添う誌面づくりを続けていきたいと考えています。
どうかみなさま、心身を休めながら、よい年末年始をお過ごしくださいませ。

◎昨年の冬号でご好評いただいた付録カレンダー、今年も同じサイズで制作しました。題して、「ちいさな物語カレンダー」。
画家の植田真さんの描き下ろしの絵が12カ月分、少年とキツネが登場し、めくるたびに物語が浮かびます。最後のページには、物語を締めくくるような美しい絵がいっぱいに。どうぞお楽しみください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部