苦しいときは、笑っちゃおう――編集長より、最新号発売のご挨拶

2020年11月25日

右9号表紙_DSC7624

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苦しいときは、笑っちゃおう
――編集長より、最新号発売のご挨拶

こんにちは、北川です。
つい先日、混雑する上野駅の構内を歩いていたら、ふっと、10代の頃に習った歌が胸に浮かびました。

ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく 啄木

この年末年始は、ふるさとを遠くに思いながら過ごす人も多いのだろうなあ。この「人ごみ」の中の一人ひとり、マスクをして足早に歩く人たちも、きっと……。
そんなことを思うと、すこし切なくなったのですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
本当に、めまぐるしい変化があり、「暮らし」の中身を、その意味を、いくたびも見つめ直す一年でした。しんどいこともたくさんあったけれど、得たこと、気づきもあった、そう信じたいと思います。

最新号の表紙画は、舞い散る雪の中を元気いっぱいに駆け回る3頭の鹿たち。作者は、絵本作家のきくちちきさんです。
今号は、ちきさん作の絵本「しろいみつばち」を綴じ込みの付録につけました。絵本をつくろうと決めたのは早春の頃でしたが、しだいに世の中はざわめき始め、やがて家にひとり閉じこもって仕事をする日々、ちきさんから届く生命力あふれる絵には、ずいぶんと心がなぐさめられました。
「絵本は詩であり、哲学であり、アート。子どもだけのものじゃないのよ」
そう教えてくれたのは、巻頭記事「わたしの手帖」に登場してくださった、元編集者で作家の小川悦子さんでした。
小川さんは、絵本と児童書の出版社の社長を20年余り務め上げ、世に送り出した絵本は156冊、海外絵本の翻訳も手がけられています。
その性格は、好きになったらまっしぐら。自社の絵本をリュックに詰めて、書店に置いてほしいとお願いして回ったときは、10軒中9軒にすげなく断られても、まったく傷つかなかったと話します。「だって、必ず1軒は気に入ってくれるものよ」と。
私などは、『暮しの手帖』を置いてくださっている書店に入っても、書店員さんたちがお忙しそうにしていると、物陰からしばらく見守り、ご挨拶もできずに出てきてしまうこともあるのだ……そう話したら、思いきり叱られました。
「ご自分で一生懸命につくった本でしょう? 世の中に知らしめたいと思ったら、なんでもできるはずですよ」
ああ、本当にそうだなと、心底恥ずかしくなったのでした。
この記事のタイトルとした「自分を生きなきゃ、意味がない」もそうですが、小川さんの言葉には、85年の人生から紡ぎ出された「輝き」があります。そう、「苦しいときは、笑っちゃえばいいのよ」ともおっしゃっていたっけ。
今号は、ちきさんの絵本、小川さんの記事をはじめ、私たち編集部員一人ひとりが「贈り物」を持ち寄るような気持ちで編みました。
即効性はないけれども、いまを生きるみなさまの胸にじんわりとしみいって、心が平らかになるような一冊にできたら。せわしい日々のなかで、無心に手を動かす楽しさや、自分の身体をいたわることを思い出すきっかけになれたらと。
一つひとつの記事については、明日から担当者それぞれがこちらでご紹介していきますので、ぜひ、お読みください。

このところ、寝る前にまど・みちおさんの詩集を開いているのですが、昨晩、ああいいなと思った詩を最後にご紹介します。
タイトルは「ぼくが ここに」。

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ
マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

「いること」こそが、すばらしい。わかっているのに、どうしてときどき忘れちゃうのかな、と思います。
誰と比べるわけでもない、素のままの暮らしが、一つひとつ、あたたかに守られますように。いつもお読みくださることに感謝を込めて。
どうぞみなさま、心穏やかな年末年始をお過ごしください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織

追伸/
絵本「しろいみつばち」にちなんだ、きくちちきさんのオンライントークイベントが、12月1日(火)20:30より開催されます。
ちきさんが「しろいみつばち」の朗読をしてくださり、『絵本ナビ』編集長の磯崎園子さんと、絵本の持つ力について語り合います。私は司会を務めます。
全国どこにいらしても(海外でも)ご参加できますので、ぜひご覧ください。

お申し込み方法は、下記のリンクにお進みください。
https://store.tsite.jp/ginza/event/magazine/17177-1551441116.html


暮しの手帖社 今日の編集部