『水たまりの中を泳ぐ ポスタルコの問いかけから始まるものづくり』
マイク・エーブルソン、エーブルソン友理 著
誠文堂新光社 3,000円+税 装釘 エーブルソン友理
私は、15年もの間、ポスタルコというブランドのカードケースを愛用している。丈夫であることはさることながら、とにかくストレスなく使えるのがうれしい。
指でケースの両端をつまむように力を入れると、口が開いてカードが出し入れしやすくなる仕掛けになっている。「両端からつまむように押す」なんて野暮なことは説明されていないし、そんなことすら考えなしに使っていた。
だが、ある時、カードケースの構造をまじまじと見て、そう使うように導かれていたことに気がついた。正確に言うと、デザイナーのマイク・エーブルソンは、ヒトはカードケースをどのように握り、どのように使おうとするのかを知っていたのだ、ということに感心した。
ポスタルコのステーショナリーやバッグ、レインウェアは、そんな不思議な気持ちにさせるものばかりだ。「こうなっていると使いやすいのに、なぜそうではないのだろうか」というこちらの気持ちを見透かしたように、「ありそうでなかったもの」がそろっている。
彼らがいかにしてユニークなものを生み出しているのか。その思考の過程が、本書に詰まっている。
彼らのユニークさを象徴するプロダクトの一つにトートバッグがある。
「バッグってなに?」
「どうしてヒトはモノを運ぶんだろう?」
「バッグがなかった時、
ヒトはどうやってモノを運んだのかな?」
きっとそんな「問いかけ」から始まり、橋梁の構造にヒントを得たタフで軽々とモノが持ち運べるバッグが生まれたのだそう。
彼らはものづくりの過程で、「問いかけ」をもっとも大切にしている。マイク・エーブルソンは、そのことを次のように話す。
「たぶん、じぶんの固定観念を壊したいんだと思う。少しずつ、少しずつ、視野を広げて、こうだと決めてかかっていた思い込みを、ほぐすようにしているんだ。(略)あるものに対して抱いている先入観を捨てていくと、じぶんが知らなかったことが見えてくる」
文化人類学的ものづくりとでも呼ぶべきか、つくるべきものに問いを重ね、ヒトやモノを観察し、何度も何度も試作を重ねて、答えに辿り着く。
本書は、15の問いからポスタルコが辿った17年を振り返る。読み進めるうちにポスタルコの輪郭がクッキリと浮かび上がる。だが同時に、彼らはデザイナー? 文化人類学者? はたまた哲学者? ポスタルコとは何者か? という、新たな問いが頭の中に浮かぶ。(矢野)