『自転車ぎこぎこ』 伊藤礼 著
平凡社 1,600円+税 装釘 石澤由美
もう10年以上前だったでしょうか、久しぶりに会った大学の同級生が私に言いました。
「ねえ、あの伊藤センセイが、『こぐこぐ自転車』とかいうエッセイを出して、それがなかなか人気なんだって」
「うそでしょ? 同姓同名の人なんじゃないの?」と私。
伊藤センセイこと伊藤礼さんは英米文学の教授で、私が学生の頃は60代後半くらい。長らく肝臓病を患っていたとのことで、顔色はお世辞にもよいとは言えず、お書きになるエッセイは、どこか冷めたユーモアとペーソスがあって。自転車だなんて、似合わないなあ。
半信半疑でその本を読んだら、まあ、面白いこと。退官も目前となったある日、「大学まで自転車で行ってみようか」と思い立ったセンセイ。ところが2キロも行かないうちに、足腰の筋肉は力を失い、お尻には激痛を感じ、休み休み、何とか12キロ先の大学にたどり着いたときは、目のまわりにクマができていた……。
しかし、以来すっかり自転車にはまったセンセイは、あちこち走り回るうちに、一日60キロを走れるまでになるのです。
この『自転車ぎこぎこ』は、その続編。折りたたみ自転車を電車に積み込む、いわゆる「輪行」で旅する仲間も数人でき、センセイは西へ東へ軽やかに、古希を過ぎた肉体を走らせます。からだ全体に風を感じながら、思わぬハプニングも愉快がりながら。
「こんなに出かけるのは年をとっているから、まもなく確実に死ぬと思うからだ。生きていてもヨボヨボになってしまう。今を逃したら自転車に跨れなくなるからである。私は友人たちに今がいちばん若いんだぞと声をかける。そしてすこしでも若い今のうちに、行けるだけ行こうと誘う」
人生は、楽しんだが勝ちなんだなあ。幾つになっても、その楽しみのタネを見つけられたら、すてきです。(北川)