『今日の人生』 益田ミリ 著
ミシマ社 1,500円+税 装釘 大島依提亜
著者の益田ミリさんは、30代女性の等身大の日常と心の持ちようを描いた「すーちゃん」シリーズなどで人気の漫画家。作品は「漫画」というひと言では括りがたく、登場人物の率直で鋭い視点や言葉に、同世代の女性をはじめ多くの読者から共感を呼ぶエッセイ的な要素が色濃いものが多いのではないでしょうか。
この本で描かれているのも、日々の生活のなかの小さな出来事。それぞれのシーンにおける、ほんの小さな気持ちの揺れ動き。「機微」という言葉が思い浮かびます。辞書によると「表面だけでは知ることのできない、微妙なおもむきや事情。『人情の機微に触れる』」。そうした見過ごされやすい小さなこと、ふだん言葉にしかねて人と共有する機会のないこと。でも、益田さんは見事にそれらを掬い上げ、ゆるやかなタッチの絵と言葉で提示します。ふとむなしさを感じた日は、素直に、今日はむなしさを味わう日と考えたり、小さな子とおばあさんが歩いているのをみてほのぼのとしながら、無意識に口ずさんだのは、独り身の自分を歌った明るいメロディだったり。
それらは、毎日うっすらと降り積もっていくような些事かもしれません。でも、そうして積もり重なったものが自分になっていくのではないでしょうか。益田ミリさんの作品には、大きなドラマはあまり起こりません。重厚で深いテーマであっても、日常のなかにある小さな欠けらを手掛かりに語られます。機微に、敏感に着目して描き出されるのです。だから、読むとハッとさせられ、そしてじんわりと心に響いてきます。
「今日の人生」。何も起こらなかったような日の出来事、自分だけの小さな幸せ、ちょっと悔やまれる失敗、誰かの行いに対して怒ったこと。「人生」って、大部分はそんな小さな「今日」の積み重ねですよね。私たちも同じように、そんな小さなことを毎日経験しているけれど、無意識に通り過ぎたり、すぐに忘れてしまったり。
今作では、大切な人とのお別れという大きな出来事も描かれます。でも、それはあくまで日常のなかで、楽しいことや怒ったことの続きとして静かに語られているのです。誰もがいつか経験する、この喪失感を、自分のなかでどう対処するのか。繰り返し湧き上がる悲しみと、どう付き合っていくのか。そんな毎日のなかでも、小さな幸せを感じながら、この本は終わります。
そしてこの本は、内容はもとより、製本の工夫もおもしろい。本自体を楽しみながら読める仕掛けがいくつもあります。(宇津木)