1. ホーム
  2. > Blog手帖通信

第5回 人は何のために学ぶのか

okane_0813-1
『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

◆人の意識は変えられない、けれど…

和田 年末年始に「年越し大人食堂(※)」を手伝いまして、来場者に「生活相談を受けて、生活保護の利用を考えてみませんか」ってお伝えしても、「いやいや生活保護なんてとんでもない」「自分の責任なんだから自分でなんとかするよ」って。けど結局、大人食堂に並んで、無料の食料をもらわないと今日食べるにも困る状況で。憲法25条があって、生活保護法があって、権利なんですよ、使っていいんですよと言っても、「人様のご厄介になるのは恥だ」と思っている限り、使おうとしないんですよね。どうにかしてそこを変えたいんですけど、そもそも権利、人権という意識が日本人に根付いていないのなら、すごく難しいですね、意識を変えていくことは。
※コロナ禍の年末年始、収入源や失業などで生活に困っている人に向けて、反貧困ネットワーク 新型コロナ災害緊急アクション・聖イグナチオ教会福祉関連グループ・つくろい東京ファンド・認定NPO法人ビッグイシュー基金などが協働で開催。お弁当や生活用品の提供に加え、生活や医療についての相談会も行われた。

井手 意識は変えられないですよ。っていうか、「意識を変えるべきだ」って、すごい怖くないですか?

和田 やっぱり、そうですか……。

井手 「私はあなたの意識を変えられる」、その発想って、強制、暴力と紙一重です。

和田 ああ、そういう考えはなかったでした。

井手 自分たちの言っていることが正しくて、必ずこのように意識が変わらなければならないって思っているとしたら、それっておっかないですよね。僕は、人間は人間を幸福にできるほど強くないし、人間が人間の意識を変えられる、とは思わない。だけどね、結果的に、変わることはあると思います。

和田 結果的に、ですか。

井手 そう。人間を幸福にはできないけれど、幸福になりたくて、もがき苦しんでる人たちの「支え」なら作れると思う。そのために何が大事かと考えていくと、暮らしの安心じゃないか、と僕は思うんです。

和田 暮らしの安心……。暮らしの基本的なところを助けてもらえたら、いいかもしれません。井手さんは「ベーシックサービス(※)」を活用した社会を提唱されていますね。
※井手さんが構想する、社会保障の仕組み。医療や介護、教育など生きる上で必要なことを、所得制限を設けず、すべての人々に、現金ではなくサービスとして提供するという政策提案。

井手 病気をしても、介護が必要になっても、障がい者になってケアが必要になったとしても、さらに義務教育の給食費や学用品だって、大学の教育費だって、お金がかからない、それがベーシックサービスの社会です。ベーシックインカムは生活のための現金をみんなに配る、っていう考え方ですよね。でも、これだと、べらぼうなお金がかかってしまうんです。

ベーシックサービスは生きていくうえで必要なことを、現金ではなく「サービス」で提供する、という仕組み。医療、介護、教育、障がい者福祉といったサービスを全員タダにしよう、という提案です。これなら予算は少なくてすみます。だって、保育所がタダになったからって、和田さん入り直さないでしょ? いらないから(笑)。でも、ベーシックインカムはみんなにお金を配らないといけないから、高くつく。

和田 そうなったらどんなにいいだろう……と思いつつも、本当にそんなことが実現できるのかな、とも思ってしまうんですが。

井手 消費税が10%になって、幼稚園と保育園が、保護者の収入とは関係なしに、タダになりましたよね。大学の授業料も、低所得者層だけではありますが、タダになりました。

和田 なりました、はい。

井手 できるんですよ。消費税を16%まで上げれば、先ほど言ったことはすべて実現できます。

 

◆消費税は貧しい人の負担が大きい?

和田 う~ん、16%……。井手さんの本に「消費税が16%になったとしても、先進国の平均並みの税率に過ぎない」と書いてありましたね。他国に比べればそれほどの負担ではないというのはわかるのですが、ただ、この物価高です。賃金が上がらない状況も続いていて。こんな状態で消費税が増税されたら、「生活が今以上に苦しくなるんじゃないか」と、不安になる人がたくさんいると思うんです。

井手 うん、そうですよね。増税をするべきかどうかは、有権者を中心としてよくよく話し合い、その使い途も議論したうえで、決定されなくてはいけません。「生活が苦しくなりそうで不安」という感情は大切です。けれどだからこそ、増税によってどれくらいの負担が増えるのか、そしてどんな還元があるのか、冷静に情報を集めてほしい。そうでないと、ずっと「税金っていや」という感情に振り回されてしまいます。

例えば、消費税は貧しい人の負担が大きいと思っている人が多いですが、それは話が単純だと思うんです。ちょっと考えてみてください。どう考えても、お金持ちの方が払っている消費税は多いはずでしょ? だって使う額が大きいんだから。日本人の所得を金額ごとに5段階に分けて考えてみましょうか。消費税を5%減税したとすると、最も所得が低い2割の人には、大体年間で7~8万円返ってきます。そして最も所得が高い2割の人には、年間22~23万円返ってくる計算になります。

和田 消費税を減税すると、お金持ちがもうかるのか。

井手 僕の提案には、ベーシックサービスに加えて、失業手当の充実や、2割の低所得層に月2万円の住宅手当を支給することも盛り込んでいます。その時点で、消費税で払う額より、もらう額のほうが大きくなるんです。

和田 住宅手当、私はそれが一番欲しいです。都内の一人暮らし、家賃が高くて本当に辛いので。

井手 先進国のなかで、日本の家賃補助はもっとも貧弱なんです。単身者や貧困世帯が増えていますから、住宅手当の導入は本気で考えるべきです。

和田 増税するのは、消費税でなくてはダメなんでしょうか? 例えば法人税をもっと増やすとか、お金持ちに課税するといった方法では、ダメなんですか?

井手 お金持ちや企業への課税も、同時に行うべきです。けれど一番税収が見込めて、しかもみんなにかかる負担が少なくてすむのが、消費税です。消費税率を1%上げると、約2.8兆円の税収増になりますが、年収1237万円超の富裕層の所得税を1%上げても、1400億円程度の税収増にしかなりません。法人税率を1%上げたとしても、5000億円程度の税収増です。消費税なしのベーシックサービスだと、所得税、法人税はとんでもない税率になるでしょうね。

和田 なるほど。でも、あと一つ、すごく危惧しているのは、今の世の中、みんな卑屈になっていて、「私は子どももいないし病気もしていないし、全然得しない。社会保障の恩恵が受けられる人はズルい」とか、そういう意見が出てきてしまうんじゃないかな、と。

井手 今は恩恵がないように思えても、先のことはわかりませんよね。将来自分が病気になったり、障がいを負ったり、年をとって介護が必要になるかもしれない。そのときにお金の心配が一切いらないことが、どれだけ安心か。ベーシックサービスに所得制限は設けません。所得に関係なく、みんなにもたらされる安心です。

和田 みんなが安心って、すごくいいですね。公平感がある。私はずっとバイトで生きてきて、お金がない時って、本当に毎日が不安なんです。毎日、毎日お金のことばっかり心配して生きている。で、毎日が絶望なんですよね。その中で生活するって本当に大変で。だから次の仕事、次の仕事というふうに追われて、仕事が雑になっていって。

井手 悲しいけれど、自分を安売りしないと生きていけないんですよね。

和田 そう、まさにその通りで、やっすい仕事を死ぬほどして、でもそうしなければ生活が実際成り立たなかったから。

井手 この国って働くと貧乏になる国ですよね。非正規でダブルワーク、トリプルワークやっても、生活保護の受給額のほうが多いってことが現実に起きている。

和田 そうそう、だから、みんな生活保護を利用している人を叩くんです。

井手 おかしいでしょ。生活保護費を下げろ! じゃなくて、賃金を上げろ! って怒るのがふつうですよ。

和田 おかしいです。お互い苦しんでいるのに、弱者がさらなる弱者を叩くっていう。

井手 だからね、僕は暮らしの経費を軽くすることによって、非正規でも頑張って働けば十分に生きていける世の中をつくりたい。そうすると子どもも持てる。お金がかからないから。

和田 そうあってほしいです。

okane_0813-2暮しの手帖別冊『お金の手帖Q&A』の誌面より。

 

◆当たり前の、人間らしい暮らしを送りたいだけ

井手 そういう社会になると、大人たちが子どもを受験勉強させようと思わなくなる。

和田 へえ~。

井手 受験勉強ってなんでやらせるんだと思います? 子どもを大富豪にしたいから? 違いますよね。いい大学に行って、いい会社に入って、安心して生きていってねっていう、大人からのメッセージです。

和田 そうですね。

井手 けど、そんなことしなくても安心できる世の中になれば、「好きなことやりな」って子どもに言ってあげられると思いません? 若い時は大事なんだから、やりたいことやんなきゃダメだよ、いろんな人と会っていろんなこと経験してきなって、言いたくなるでしょ? それが大人の本音だと思う。

和田 外国行ってこい、とか。

井手 そうなるわけですよ。そういう社会に変えていくべきだと思う。で、定時で帰れる社会になりますよ。だって、そんなに必死に稼がなくても生きていけるから。もう、会社の言いなりにならなくていいから。最悪、上司とケンカして失業したって、ちゃんと手当や家賃補助が出るんだから。

和田 あー、ほんとですね。どんなに楽だろうか。想像するだけでうれしくなる。

井手 そこが大事。そうすると家族で一緒にスーパー行って、みんなでごはん作って食べて、今日会社でこんなことあって、学校でこうだったんだよね、って、おしゃべりだってできるでしょ? 土日に無理やり家族の思い出作りに旅行とかしなくていいんです、毎日語り合っているから。すると土日に地域活動に参加したり、ボランティアをしたり、いろんな余裕ができるようになると思いません?

和田 政治活動だってできる。結局、私たちが政治や経済を考えないのって、考える余裕がないからですよね。

井手 間違いなくそうですよ。

和田 私も、ライター業とバイトのダブルワークの時は、ワーッと原稿を書いて、でも夕方になったらバイトに行かないといけない。夕方5時から夜10時まで働いて、帰ってきたらもう疲れてニュースも一切見ないし、新聞なんてもちろん取ってないし。

井手 そういう生活で、たとえばスーパーで野菜買って調理して体にいいもの食べますかって話ですよね。食べられるわけないじゃないですか。

和田 面倒だから、出来合いのおかずを買ってきたり、揚げ物ばっかりとか。

井手 で、健康を損ねるじゃないですか。そうすると自己管理もできないダメなやつって言われちゃう。健康ぐらい自分で管理しろよって。それはどう考えても違うでしょ。貧しいってだけで健康管理さえできない社会のほうが間違ってる。

和田 私はバイト終えると夜中までやってるスーパーに行って、値下げしたやっすいものを買って食べて、どんどんどんどん悲しくなる、そういうサイクルでした。

井手 何度も言いますけど、ほとんどの人は、大金持ちになりたいわけじゃないですよ。当たり前の、ふつうの人間らしい暮らしを送りたいって思ってる。そんなの真っ当な要求じゃないですか。

和田 ほんとに、ほんとに、本当にそうです。当たり前に暮らしたいだけなんです。

井手 今までの日本では、じゃあその真っ当な要求を実現するためにみんなの所得を増やしましょうと言ってきたわけですよね。でも、それができなくなっちゃった。アベノミクスであれだけの景気刺激策をやったのに、おまけに五輪景気まであったのに、平均で1%しか経済成長しなかったんですから。

和田 アベノミクスで2%のインフレ目標って言ってたのに、達成できませんでしたね。

井手 それくらいの成長では、貧しい人たちの暮らしはラクにならないんです。本当に貧しい人たちの立場に立って考えようよ、と言いたいです。

和田 本当に、そう願います。

井手 本当に貧しい人の立場に立って、税金という道具を使いこなしてね。

和田 「税金という道具」、名言ですね。

井手 最後にひとつ、いいですか? 対話の中で、和田さんが「知ることが大事」と言われましたよね。知るって、学ぶということですよね。僕たちは「何のために学ぶのか?」っていうことを、考えなくちゃいけないと思う。いい大学に入るため、いい会社に入るためじゃないんです。絶対に違う。僕たちは、権力から自由になるために、学ぶんです。このことを僕たちは知っておかないといけない。

和田 権力から自由になるために、学ぶ。そう言われたら、がぜん学ぶ気持ちになりますね。

井手 要するに、知らないとだまされるんですよ。なんで大学に行くかというと、高い教養を身につけて、国家権力の乱用を阻止するためです。僕たちが精神的に国家から自立するために、学ばなければいけないんです。だからベーシックサービスの中に、大学無償化は必要なんです。

和田 貧富の差は関係なく、誰もが等しく学ぶ機会を得ることですね。

井手 そう、権力を監視するべきです。僕は学生たちに何かを教えたいんじゃありません。試験でいい点をとって欲しいわけでもありません。権力が僕らをだまそうとした時に、「それはおかしい」と異議申し立てができるようにする、これが大学教育の究極の目的です。

和田 学ぶことの大切さは、身をもって感じています。自分の抱えている問題の根元がどこにあるのか、国家や政治の問題だってことがわかったら、気持ちがラクになりました。それまでは、悪いのは私だ、私が駄目だからだと自分を呪い続けていて、もう「明日が不安」というより、「今日が不安、生きていかれない」という毎日だったんですが、そこから少し解放されたんですよね。学ぶって、本当に大事なんだなって、実感して。

井手 愉しいんですよ、本当はね、学ぶってことは。
今年からね、近くのお寺で「みんなの学校」という試みを始めたんですよ。もうね、リアル寺子屋ですよ(笑)。

和田 誰もが行ける、いい名前です。

井手 僕が住んでいる小田原市に、さまざまな分野で活躍している実践家がたくさんいるんです。そんな大人たちの姿を、子どもたちに見てほしいんです。ふつうに学校に行っていると、似たような世帯収入、似たような偏差値の子たちで寄り集まってしまうけど、この場所はそんなこと関係なく、例えば生活保護利用世帯の子どもであれ、みんなごちゃまぜに集まれる場所にしたい。でね、いい大学行かなくたって、こんなに愉しい生き方があるんだよ、って伝えたい。

和田 ああ、すてきですね~。

井手 よく「居場所づくり」で子どもに勉強を教えますよね。それも大事だけど、結局、いい成績・いい大学という枠組みの中でものを考えることになる。だから貧しい家庭の子どもはどうせ塾に行けないからダメだ、って話になっちゃう。そこを超えてほしいんです。いろんな生き方を認め合う。多様性ってそういうことでしょ? 知ることによって開かれていく世界っていうのはたくさんあるから、「大学=就活一択」なんて世の中はおかしいんです。「生き方を選ぶ」っていう当たり前の大切さを、大人がきちんと伝えていかないといけない。

和田 すばらしい。私も行きたくなりました。

井手 大人にこそ来てほしいです。大人こそが、語るべき言葉を持たないといけないんだから。僕は子どもたちにこう言いますよ。もし、将来貧乏だったとしても、ちゃんと生きていける世の中を作っておくからな、お前ら心配すんなよ、って。そんな心配はいいから、自分の生き方を自分で選べるよう、ちゃんと学べよ、色んな価値観に出会っておけよ、って。一人ひとりが語るべき言葉を持つ。所得の最大化じゃなくて、満足を最大化する。自己満足の社会。いいですね。世の中の評価の言いなりになって、金もうけを目指すのではなくて、自分の思い、自分の価値を大事にして、みんなが自分だけの満足を手に入れられる社会。誰もが、今日よりもすばらしい明日を夢見ることのできる社会を作りましょうよ。人間には必ずできますから。意志さえあれば。

和田 そんな社会に向かっていきたいです。井手さん、今回は本当にありがとうございました。

井手 ありがとうございました。テンション上がってしゃべり過ぎたので、まだだいぶ明るいけれど……ビール飲みます(笑)

okane_0813-3

 

◆まとめ

全5回にわたってお送りした和田さんと井手さんの対談、いかがでしたか?
しぼんでいく経済、少子高齢化など、日本が抱える長年の課題に、最近では新型コロナウイルスの流行や、隣国が始めた戦争への不安も加わり、これからのことを考えると、頭が痛くなりますよね……。
だからこそ、大事なのは、「自分の頭の中にあるモヤモヤを見つめること」なのかもしれません。一度立ち止まって「私はなんでこんなに不安なんだろう?」と考えてみる。そして、その理由を一つずつ並べてみる。理由のすべてを一掃するのは難しくても、小さなアクションで、モヤモヤを少しずつ軽くすることは、できるのではないでしょうか。
和田さんにとってそのアクションは、「日本の現状を知ること」でした。井手さんは小さな学校を始めることで、長年の夢を形にしようとしています。お二人を見ていると、人間一人が持つ力は、決して小さくない。そう思えます。

最後に、『暮しの手帖』創刊者の一人である花森安治が、1970年に発表した文章をご紹介します。題名は、「見よぼくら一戔五厘の旗」。一戔五厘とは、ハガキ1通の郵便料金。ハガキ1枚で市民のもとに招集令状が届いたことに由来しています。
すべての命が等しく重く、何よりも大事に扱われる世の中を強く願って。
一部を抜粋して掲載いたします(編集部)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
見よぼくら一戔五厘の旗
(前略)
今度こそ ぼくらは言う
困まることを 困まるとはっきり言う
葉書だ 七円だ
ぼくらの代りは 一戔五厘のハガキで
来るのだそうだ
よろしい 一銭五厘が今は七円だ
七円のハガキに 困まることをはっきり
書いて出す 何通でも じぶんの言葉で
はっきり書く
お仕着せの言葉を 口うつしにくり返し
て ゾロゾロ歩くのは もうけっこう
ぼくらは 下手でも まずい字でも
じぶんの言葉で 困まります やめて下
さい とはっきり書く
七円のハガキに 何通でも書く
ぽくらは ぼくらの旗を立てる
ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない
ぼくらの旗のいろは
赤ではない 黒ではない もちろん
白ではない 黄でも緑でも青でもない
ぼくらの旗は こじき旗だ
ぼろ布端布をつなぎ合せた 暮しの旗だ
ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し
台や屋根に立てる
見よ
世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ
ぼくら こんどは後へひかない
(1970年10月・『暮しの手帖』2世紀 8号掲載。文字や改行など掲載時ママ)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部

第4回 「権利や自由のために闘う」ということ

okane_0812-1

『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

◆「しょうがなくね?」に象徴される社会

和田 新聞を読んでいたら、「借金頼みの日本財政はもう立ち行かなくなる」というような恐ろしいことが書かれていて。さらに内閣府の調査(※)を見ると、生活に不安がある人が77%もいて。ふと疑問に思ったんですけど、財政ってものが健全になれば、私たちの生活はよくなるんでしょうか? 財政と、私たちの不安はどうつながってるのかなと。

井手 内閣府のこの調査ね(※)。不安に思う人が最多になっている一方で、「今の生活に満足している」って答えた人も過半数いるんです。
※内閣府「国民生活に関する世論調査」令和3年9月調査
・日頃の生活の中で、悩みや不安を感じているか…「感じている」36.8%「どちらかといえば感じている」40.8%
・現在の生活にどの程度満足しているか…「満足している」7.2%、「まあ満足している」48.0%

和田 あ、そうなんですか。

井手 うん、不安であることは間違いないんだけど、満足してもいるって、なんか変ですよね。たぶん、みんなの中で、もう「不安であること」が前提になっているんじゃないかな。

和田 当たり前になってるってことですか。

井手 そう、不安はデフォルト。若い子がよく言いますよね、「しょうがなくね?」って。

和田 あーはいはい、よく聞きますね。

井手 しょうがないっていうのは、ようは「現状肯定」ですよ。現状をそのまま受け入れている。第2回で話した「今日よりよい明日を」という希望を、あきらめ始めているように僕には見える。よく「若者には自民党支持者が多い、保守化している」とか言われるけれど、そんな大層な話じゃない。守るべき価値を持っている(=保守)ならまだいいけど、誰が首相になったって、たぶん彼らは「しょうがなくね?」って言うと思う。今の状況を無批判で受け入れるとしたら、それは恐ろしいことなんだけどね。

和田 今のままで変化はしないでほしい、ということか……。それは若者だけじゃないですね。私のまわり、同世代でもたくさんいそう。

井手 和田さんの質問に戻りますと、まず、財政健全化が必須であるとは、僕は思わないんですよ。そもそもね、借金をしていない国ってないじゃないですか。

和田 けど、日本は借金がものすごい……

井手 そうだけど、どの国を見てもたくさんしてるんですよ。そういう現実を見れば、借金のない健全な財政が正しいとは、僕は思わない。もし、今より減らそうって話だとしても、どのくらいの借金ならオッケーなのかって、簡単には決められません。ただね、人間って、ゴールを作って、そこに近づこうと努力する生き物じゃないですか。国がゴールを定め、そこに向かって一生懸命やっている姿を人々に見せることは、大事だと思うんです。

和田 ああ、そこに意味があるんですね。

井手 MMT(※1)や、ベーシックインカム(※2)のような考え方を、最近、耳にしますよね。借金しまくって、そのお金をみんなに配るとしましょう。一時的にはみんなの暮らしが楽にはなりますよね。MMT推進派の人たちは、いくら借金しても財政は破綻しないと主張していますから、仮に破綻しないとします。そうすると、日本は、借金を止める理由を失います。1人に100万円配ってみんなが豊かになったら、何も問題が起きなかったとしたら、今度は200万円、次は300万円……となりますよね。だけど、そうしていくといつか必ずインフレになる。ようするに、財政は破綻しなくても、経済は破綻するわけです。
※1 Modern Money Theoryの頭文字。現代貨幣理論と訳されることが多い。自国で通貨を発行できる国は、赤字国債が増えても、通貨を発行して借金を返すことができるので、財政破綻はしないという理論。アメリカの経済学者が提唱し始めた。
※2 16世紀に誕生した考え方で、所得に関係なく、一律のお金を、すべての国民に定期的に配る政策。

和田 どんどんインフレになったら、世の中はどうなっちゃうんですか?

井手 欲しいものを高い値段で買うってことですよね。それって、「見えない税金」を払わされてるようなもんでしょ? 今はお金をもらって得したような気分でも、そのツケを将来「高い値段」という形で払うことになります。それだけじゃありません。10年後20年後にそうなったとしたら、僕らが無駄遣いしたせいで、若い人がインフレに苦しむことになります。MMT推進派は、インフレになったら増税して、インフレを抑制すればいいと言います。けれど若い世代の気持ちになってみてください。自分たちが作った借金でもないのに、その影響でインフレになり、増税される人たちの気持ちを。

和田 いやすぎる。

井手 だから、可能な限り健全財政を大事にしながら、その中で人々が安心して生きていける世の中をつくろうというのが、穏やかで、ベターな答えだと僕は思うんです。「いや健全財政なんていらない」となると、「未来がどうなるかはバクチだけど、今がよければいいんじゃね?」みたいな考え方になってしまう。重石として、財政健全化というゴール設定は必要なんじゃないでしょうか。

和田 なるほど……よくわかります。

井手 もう一つ言えば、MMTの世界では民主主義がいりません。「財政民主主義」って言葉があるんです。みんなにとって何が必要で、いくらくらいお金が必要なのか、そのためにどんな税を、誰に、どれくらいかけるのか。つまり、財政には「話し合い」が欠かせないよ、ってことです。けれど、MMTではそのプロセスがいらなくなります。だって、インフレになるまでは、いくらでも借金できますから。みんなが欲しいものを、欲しい分だけ、お金でばらまけばいい。話し合いなんていらない。でもそんなの民主主義の否定でしょ?それを平気で語る政治家がたくさんいる。僕はそれが一番怖いと思ってます。

和田 みんなで話し合って、「医療はどうする、教育は、年金は?」というふうに決めていくプロセスが大事、ということか……。

okane_0812-2『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』の誌面より。

 

◆増税分は何に使われた?

井手 けれどもうすでに、日本の人たちは、話し合いの大切さを忘れてしまっているように見えます。悲しいけれどね。政府は2014年に消費税を5%から8%に、2019年には10%に引き上げました。これ、他の国から見たら驚くような大増税です。政府は、この5%をすべて社会保障に回しますと言って増税に踏み切った。けれど実際には、その8割が借金の返済に回りました。

和田 えっ。そんなことできるんですか? たしか消費税で得た税収は、医療・年金・介護にしか使っちゃいけないと法律で決まってますよね(※)。
※消費税法第一条2項
消費税の収入については、地方交付税法に定めるところによるほか、毎年度、制度として確立された年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする。

井手 社会保障が生み出した借金返済に回す=社会保障に全額使った、という理屈です。

和田 うわー……なんと。

井手 これはさすがに腹が立ちますよね。でもね、本当に悲しいのは、多くの国民はそれを見抜けなかったということ。だって、和田さんだって、いまこれを読んでくれている人だって、消費税増税分の使い道なんて、全然知らなかったでしょ?

和田 知りませんでした……。

井手 僕たちは税金の使い道を、もっと緊張感を持って監視しないといけません。だって、国は、僕らの財布にダイレクトに手を突っ込んで、お金を持っていくんですよ? 徴税って、国家権力以外の何物でもないでしょ? みんなから集めたお金を、国が好きに使うとしたら、それは権力の乱用ですし、取られる方も、税の使い道すら知らないなんて、民主主義として末期的です。

和田 いやあ、怖いですね……。私たちは自分の財布に手を突っ込まれてるのに監視を怠って、政治がダメだ、経済がダメだって怒るばっかりで。

井手 統計的には、多くの日本人は、政府を信用していません。けれど、お上意識はやっぱりあって、例えばフランス人のように、腹の底から疑ってはいない。疑っていないから、人任せで、知らん顔できるんです。

和田 確かに。本当に疑っていたら、いちいちチェックします。

井手 「誰かがよきようにやってくれるだろう」とみんな思い込んでいて、ちょっと難しい話になると、「わかんないから」で終わってしまう。「経済ってわからない」「財政、税の話って難しい」で済ませる社会に未来はありません。

和田 誰かがやってくれるだろう、私はわからないから、って私も言い続けてきました。反省します。

 

◆ボランティアは「偽善」?

井手 日本の人たちは、連帯して国と闘った経験がありません。フランス革命でも、ドイツ革命でも、アメリカ独立戦争でも、欧米では人々が権力と闘って、自由を勝ち取ってきました。もちろん日本にも明治維新がありました。だけどこれは、侍どうし、特権階級どうしのケンカですよね。自由や権利は勝ち取ったものではなくて、戦争に負けてアメリカ人に与えられたもの、という側面も強い。

和田 はい。

井手 連帯して自由と権利を勝ち取らなかった、これはしんどいですよね。国を信頼できないから監視するでもいいですし、信頼できないから、信頼できる仕組みを作る、でもいい。でも、そうはならなくて、ほったらかしにしてしまっている気がする。「連帯する」という体験も大事です。ボランティアなんかも、欧米では、自分も含めた「私たち」のためにやりますよね。例えば、誰かの生きる権利や自由が脅かされている状況があるとする。今の自分には直接の影響はないけれど、その状況を許してしまったら、やがて自分にも同じことが降りかかってくるかもしれない。だから助けるし、声を上げる。自分が困ったときに誰かが助けてくれる……人を助けることは、社会全体の利益なんです。

けれど日本では、ボランティアは見返りを求めない奉仕活動という意識が強い。自己犠牲で、誰かのためにやってあげること、というような。だから「偽善でしょ?」と言われたりする。昔から「情けは人のためならず」と言うじゃないですか? 文化庁の調査で驚いたんですけど、「人に情けを掛けておくと、めぐりめぐって結局は自分のためになる」という意味なのに、「人に情けを掛けてやることは、結局はその人ためにならない」と勘違いしている人が5割近くいるんです。

和田 誰かのためにすることが自分のためになる、という意識を持つのが難しいかもしれません。

井手 一人の人間が何かをするのは権利である、とは行きつかないんですね。行動を起こす理由の多くが、「権利として」ではなく、「国民の義務として」なんです。戦前も、「お国のために」でしたが、それがいまだに残っているのかもしれません。

 

◆まとめと次回予告

「日本人は政府を信用していない」けれど、「腹の底からは疑っていない」という井手さんの言葉が刺さります。自分の暮らし、自分なりの幸せを心から求めれば、税金の使われ方には無関心ではいられないはず……。きっとそこから、真の人権意識も生まれてくるのだろうと思いました。
次回はいよいよ最終回。学ぶことの意味、そして子どもたちの未来について語り合います(編集部)。

第5回「人は何のために学ぶのか」は、明日8月13日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部

第3回 自分とは違う意見に、どう向き合う?

okane_0811-1

 

『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

◆ようやく気づいた、税金の大切さ

和田 私は井手さんの本を読むまで、税の大切さをわかっていませんでした。私が子どもだった昭和の時代に減税が繰り返されて(※)、それに伴って私たちの生活が自助に向かわされてきたと読んだときも、最初は納得できなかったんです。わからないから。けれど3冊読んで、ようやくわかりました。減税って要するに、お金返すから自分たちでやってね、っていうことなんだと。
※1961年から75年まで(72年は除く)毎年、消費税に換算すると0,5%規模の減税が行われた。諸外国では政府が無償、もしくは安価で提供する住宅、教育、育児、保育、養老、介護等の獲得に必要な資金を国民に還付し、自分で市場から購入するようにさせた。

井手 お金持ちは何とかなるでしょうけど、普通の人、貧しい人はどうなるのって。考えただけでゾッとします。

和田 ゾッとします。けど、私もそうだったんですが、税金がないと暮らしが立ち行かないという事実に気づくのが難しいというか。実感するためには、どうしたらいいんでしょうか。

井手 例えば、病院に行きますよね。すると領収書をもらうじゃないですか。自分の払った金額が3,000円だとする。自己負担は3割ですから、本当は1万円かかってるってことです。だったら、領収書にカッコ書きで「税金から7,000円も出ています」と書かれてたらわかりやすくないですか? めっちゃ恩着せがましいけど(笑)

和田 なるほど。水道料金なども全部そうなれば、自分たちがどれだけ税金に助けられているかがわかりますね。けれど、こういう「税がいかに大切か」というお話をすると、気になることがあって。『時給はいつも最低賃金、~』の中で、小川さんが将来的な増税の必要性を語る部分があるんですけど、これを読んだ一部の人から、とても怒られまして。「増税なんてとんでもない」と……。

井手 怒られますよね。僕もどれだけ叩かれたかわかりません。

和田 今もTwitterなんかで怒られ続けてます。

井手 もらい事故だ(笑)。でもね、和田さんや僕のことを批判する人がいたとして、それはそれでいいんですよ。だって、僕らが言ったことがみんなに受け入れられて、みんなが同じことを言う社会になったら、民主的じゃないもん。

和田 あ、そうか。反対意見とか、いろいろな意見があって初めて……

井手 民主主義なんですよ。僕らがどんなに正しいと思えることを言っても、それに対して「違う」と唱える人がいることが、健全なんです。自由の本質は、「選択肢」があること。選択肢が一つしかないとき、それは強制と変わらなくなります。人類の歴史を見ていくと、少数の人間が多数の人間を支配してきた歴史なんですよ、ずっと。

和田 一部の人たちが、その他大勢を……ということですね、はい。

井手 ところがとうとうね、僕たちは、みんなで少数の人間を支配する世の中を作りだしたわけです。民って「治められるもの」って意味があります。その「治められる」ほうの僕たちが主人公。民が主人。「民主主義」ってそういうことでしょ?

和田 はい。

井手 けれど現実には、きっと和田さんもお感じのように、一部の大金持ちとか特権階級が、まだまだ世の中を動かしてるじゃないですか。結局ね、民主主義って、完成形があるわけでも、ゴールが決まっているわけでもないと思うんです。常に模索を続けている「終わりなき旅」みたいなもの。だから、よりよい明日を目指して、色んな見方・考え方がぶつかり合うのは、大事なこと。批判をされたら、「民主主義が守られてるんだな」と思うことにしたらどうでしょうか。ま、「批判は上品にね」とは思うけれど(笑)。

和田 はい、それはもう(笑)。

井手 批判をされると、相手に思いを伝えるためにどう話そうか、といったふうに、伝わる言い方を考えるようになりますしね。

okane_0811-2

 

◆違いを認めないと、自分も認めてもらえない

和田 「伝わる言い方」について言うと、リベラル政党の政治家の人たちが使う言葉が、一般の人に伝わりにくいように感じてしまいます。さらに、リベラルの人たちの方が、違う意見への許容度が低いようにも感じます。

井手 わかります。リベラルと言っておきながら、違う意見は認めないって人、多いですよね。選択肢を押しつけるのって、リベラルとは正反対じゃないですか。なのに、自分にとっての正義、自分の好きなものが正しくて、そうでなければならない、って語りがちになる。そういう考えで話す言葉は、同じ意見の人には届いても、それ以外の人には伝わらないものになってしまう。伝えることよりも、やっつける、論破することが目的だから。

和田 そうなりがちです。

井手 リベラル、左翼と呼ばれる人たちは、原発は停止しなくてはならない、格差は小さくしなければならない、消費税は減税すべき、憲法は変えてはならないというふうにね、仲間であるための条件をどんどん増やしていく傾向がありますよね。

和田 はい。最近はリベラルに限らず、ポピュリズム政治(※)でも同じ傾向を感じます。仲間というより、フランチャイズ店舗のように同じ条件の中にあるようで。
※1891年に結成されたアメリカ人民党、通称「ポピュリスト党」によって広まった言葉。ラテン語で「人々」を意味する言葉「ポプルス」を語源とする。日本では、「大衆迎合」「扇動政治」と同じ意味で使われることが多い。

井手 そうすると、そこに入れない人がどんどん増えていくんです。「原発は反対だけど憲法は変えてもいいんじゃないか」と思う人がいるとする。それなら反原発運動だけでも一緒にやればいいじゃないかと思うけど、そうなりにくいですよね。

和田 そうなんですよね。私自身も、原発は止めてほしいけれど、消費税は増やしてもいいから社会保障を充実させてほしいとか、課題ごとにいろいろな意見があります。それはみんな、そうだと思うんです。それなのに、意見はみんな一緒でなくてはいけない、というのは……。政治家も有権者も、違う意見に耳を貸すことが、大切かもしれませんね。

井手 そう。話し合うってことですけど、話し「合い」になるためには、相手が話す権利を大事にしないとね。違う意見がある、それを互いに認め合うって、すごく大事なこと。だって自分が相手を認めないのに、相手には自分を認めろなんて、そんな都合のいい話はありえないもん。あちこちで違う考えがバラバラになって、自分のサークルのなかで、違うサークルの悪口を言ってたら、社会の連帯なんて生まれっこないしね。僕のことを認めてほしいから、あなたの違う意見もちゃんと聞きます、受け入れますという態度。これがあってこその民主主義なんじゃないでしょうか。

 

◆まとめと次回予告

お二人の話を聞きながら、イギリスに伝わる「他人の靴を履いてみる」ということわざを思い出しました。自分とは違う意見に接したとき、「その人の置かれている立場や境遇を想像して理解に努める」という態度を示した言葉です。感情的に共感することには慣れているけれど、共感が難しい意見と理性的に向き合うのは、なかなか難しい……。けれどあきらめずに習得したいと、気持ちを新たにしました。
次回は、いま多くの人が抱く、「漠然とした不安」について語り合います(編集部)。

第4回「『権利や自由のために闘う』ということ」は、明日8月12日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部

第2回 経済のことを知らなくても、生きていけるけれど

okane_0810-1
『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

◆「資本主義は変えられない」という思い込み

和田 前回のお話から、私が経済を誤解してとらえているということがよくわかりました。「お金もうけイコール経済、みたいなイメージになったのは、人類の歴史からみたらごく最近のこと」というお話がありましたが、それならなぜ、私たちはこんなにも「資本主義は変えられないもの」だと思い込んでいるんでしょうか。もう決して変えられない、というふうに、囚われているというか……。

井手 今度は資本主義が来たか(笑)。まずは定義しないといけませんね。僕は、生きていくため、暮らしていくために必要なことすべてを、金で買うようになった時代、それを資本主義の時代だと考えています。

和田 何もかもをお金で買う……。

井手 昔だったら仲間たちが屋根を張り替えてくれたけど、いまはお金を貯めて大工さんを雇わないと、無理ですよね。だから金が必要になり、「経済とは金もうけ」という話になっていくんですね。

和田 助け合いがなくなって、その分をお金で埋めている。だから、お金がないと何もできない、お金がすべて、というふうにしか考えられなくなるんですね。

井手 ポイントは「必要」を満たすこと。そのために、昔はみんなで汗をかいていた。いまは、金を稼ぐために汗をかいています。どっちが幸せかっていうことですね。

和田 うーん、ほんとだ。昔の方が幸せに思えてしまいます。

井手 いずれにしても、いつも、まず「必要」=「ニーズ」があるんです。かつての人間は、その必要をみんなで満たし合っていたんです。ところが資本主義は、自分で稼いで自分で何とかしろ、というのが出発点。けれど、それでは貧乏な人は生きていけないから、財政という仕組みを作って、みんなで会費を払いましょうと。この集まったお金で、困っている人やみんなが必要なものを何とかしましょう、ということになったんです。

和田 なるほど、会費とは、税金のことですね。

井手 いままで集落や町内などの「コミュニティー」でやっていたことを、巨大な「共同事業」として国全体でやりましょうねと始まったのが、財政です。寺子屋でやっていたことが初等教育になり、コミュニティーで管理していた道、水、森の維持や、消防、防犯の役割まで、すべて国と自治体が担うことになった。さらには近所で面倒を見合っていたおじいちゃん、おばあちゃんの介護も国、自治体が担うことになりました。私たちは直接それらをやらなくていい代わりに、お金を払うようになったわけです。

和田 そう考えると、財政って、本当に生活そのものなんですね。

井手 そう。税金を払わないんだったら、いま国がやっていることを、私たちが汗をかいてやらなくちゃいけない。でもね、いま、経済が成長しなくなってきてるでしょ。税収が増えない中、政治家は増税を訴える気概もなくしていて。

和田 選挙が怖いから、とても言えないのかも。

井手 だんだんと、僕たちに、国と自治体が担っていた仕事を押しつけてきているんですよ。いま「地域包括ケア」ってよく言いますけど。

和田 その言葉、よく聞きますが、意味がいま一つ分からないでいます。

井手 要するに、介護は地域全体でやりましょうというふうに変わってきている。それだけなら「まあそれもいいんじゃない」と思うんですが、福祉について定めた「社会福祉法」という法律の第四条(※)を見ると、驚きます。だって、「地域住民」は、「地域福祉の推進に努めなければならない」と、まるで福祉活動に参加することが義務でもあるかのように書かれているんですから。
※社会福祉法 第一章 第四条 2項
地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者及び社会福祉に関する活動を行う者(以下「地域住民等」という。)は、相互に協力し、福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されるように、地域福祉の推進に努めなければならない。

和田 ええ~、いつの間にかそんなことに。

井手 参加というのは、自分で考えて決めるから参加なんですよ。英語で“take part in”と言いますが、それぞれに役割(=part)があって、それを自分の意志で果たそうとするから参加なんです。義務、押しつけになったら、参加とは言えない。

和田 コロナ禍でも「自粛の要請」なんて変な言葉が横行しましたけど、それと似てますね。要請されたら自粛じゃないでしょって。

井手 そうそう。義務、強制がまかり通る世界が目の前までやって来てます。税金を払いたくないとなったら、本格的にそういう世界になる。だって汗をかくしかないんだから。

和田 昔は共同体の暗黙の了解で、そうなっていたけど……。

井手 今度は法律に書かれて参加が義務になってきているわけです。多くの人が気づかないままそうなっているのが、とてもこわいことだと思うんです。

okane_0810-2

 

◆この社会をもっといいものに作り替えるために

和田 「知る」ことが大事だと、あらためて感じました。私自身、昨年『時給はいつも最低賃金、~』を書く前まで、財政と聞いても「何のことやら」という感じで、何も知らなかったんです。それで井手さんの本を3冊読みまして、ようやく小川淳也さんと話ができるようになりました。

井手 そりゃあ、よかった。っていうか、本気でうれしい。目の前の世界の風景を変える、それこそが学問の意味、価値ですから。

和田 本当によかったです。ただ思うのは、私は本を書くためという動機があったけれど、一般の人が、「経済って、財政って何だろう」と思っても、そこから重い腰を上げて学び始める人は、なかなかいないんじゃないかな、ということで。

井手 なるほど。これちょっとお借りしていいですか(テーブルにあった『暮しの手帖』を手にとる)。この本の最初にね、こんな言葉が入ってるんです。ずっとずっと昔から入ってるんですよ。編集部のみなさんも知ってました?

・・・・・・・・・・・・・・・・
これは あなたの手帖です
いろいろのことが ここには書きつけてある
この中の どれか 一つ二つは
すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
せめて どれか もう一つ二つは
すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底ふかく沈んで
いつか あなたの暮し方を変えてしまう
そんなふうな 
これは あなたの暮しの手帖です
(『暮しの手帖』初代編集長 花森安治による巻頭言)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井手 ここに書いてあること、すっごく大事だと思いません? 人間って、役に立つものばかりに飛びつきがちです。けれどね、すぐには役に立たないように思えることでも、心の底に残っていれば、それがいつか物の見方・暮らし方を変えるかもしれない。この発想を、僕たちは大切にすべきだと思うんですよ。

和田 ああ、ほんと、そうですね。

井手 「財政なんて知らない・わからない」でも生きていけます。けれど、だからと言って勉強しなくていいことにはならない。絶対にならない。だって、財政を知ることは、この社会をもっといいものに作り替えるために、絶対に必要になるんですから。

和田 そうですね、この社会をよりよいものにするために。

井手 今日よりも、ちょっとでもいいからすばらしい明日を夢見ながら生きていくのが人間でしょう。この夢を、すべての人が見られないとおかしいんです。

和田 ああ、そうです、そうです。

井手 本当にこれ、人間のもっとも基本的な権利ですよね。進化、進歩、成長、何と呼んでもいいけれど、今日よりもよりよい明日を作っていこうという気持ち。これを持つために、税金は必要なんです。でも、税金って本当に嫌われてますよね。僕は税の話を平気でするから、ネット上で悪魔でも見たかのように嫌われる(笑)

和田 誰だって、お金を取られるのはいやですからね。

井手 ですよね。でも、歴史を見てください。これまで、世界のあちこちで、数々の革命が起きました。フランス革命、ドイツ革命、アメリカの独立戦争、いろいろありますけど、「税をなくせ」と言った革命は一つもありません。なぜなら、暮らしを維持するために、税はいるものだからです。

例えば、病気にならない人間はいませんよね。病院には税金が使われています。お金持ちが高級車を買っても、税金によって整備された道路がなければ走れません。水道だって、税金がなければハンパない金額になります。命懸けの革命で人々が望んだのは、みんなが納めた税をどのように使うのか、誰の、何のために使うのか、それを自分たちで決めさせてくれ、ということなんです。

和田 えらい人が勝手に決めるな、ということですね。

井手 そうです。そのために、みんな命を懸けて戦ったんです。この歴史から学べばね、税のことはよくわからない、何に使われているかも知らないという人が増えると、権力が暴走して、税金の使い道を勝手に変えてしまうかもしれない。先ほどお話ししたように、国が担っていたことがこっそり国民に降りてきて、いつのまにか私たちの責任や仕事が増えていく、ということになりかねない。だから僕は嫌われても語るんです。税の話を。

 

◆まとめと次回予告

「知る」ことの大切さを知った和田さんの言葉、実感がこもっていましたね。「今日よりもよりよい明日を作っていこうという気持ち」が、「人間のもっとも基本的な権利」だという井手さんの言葉が、じーんと胸に迫りました。
次回は、政治についての本を出版した和田さんの経験から、さまざまな意見への向き合い方を考えます(編集部)。

第3回「自分とは違う意見に、どう向き合う?」は、明日8月11日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部

第1回 経済学は、お金持ちのための学問?

okane_0809-1

 

『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

2021年、フリーライターの和田靜香さんの著書、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』が大きな話題になりました。私たちは同じ年に、『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版。庶民の視点から政治、経済を見つめた2冊の本の共通点は、経済学者の井手英策さんの存在です。

『お金の手帖Q&A』では、井手さんにこの本の土台となるいくつかの章の解説をお願いしました。他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中には、井手さんの著書の引用が幾度も出てきます。「和田さんと井手さんが話したら、きっと胸に迫る、深い議論になるのでは……」そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。

税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

◆ギリシャ哲学までさかのぼってみると

和田 お会いするのは、高松市での小川淳也さんの出陣式(※)でご一緒した以来ですね。その時が初対面で。
※2021年衆議院選挙の公示日に小川淳也事務所で行われた。

井手 僕の応援のあとが、和田さんでしたね。

和田 どう考えても順番間違えてる(笑)。井手先生がすばらしすぎて、あのあとやるのは地獄でした。

井手 でも『香川1区』(※)ではいい感じだったじゃないですか。僕なんかキレまくってるオヤジみたいで。ちょっとジェラシーだったな(笑)
※小川淳也さんを中心に2021年の衆議院選挙戦を追ったドキュメンタリー映画で、二人が応援演説を行うシーンがある。2020年に公開されてロングランとなった『なぜ君は総理大臣になれないのか』(大島新監督)の続編。

和田 いやいやそんな……。そのときもお伝えしましたが、井手さんの本を読まなかったら、『時給はいつも最低賃金、~』は書けなかった。いつか慶應大学の経済学部に入って井手さんの授業を受けたいと夢見ていたので、今日は本当にうれしいです。さっそくですが、「経済って、一体何だろう?」という、ほんとの基礎の基礎からお聞きしたくて。こないだふと、「経済」って言葉を国語辞典で引いてみたんですね。

井手 ほう。

和田 経済学っていうと、私はずっとお金もうけの学問みたいに思い込んでいて。経済って言葉の意味もよくわかってなかったな、と。自分に呆れるんですけど(笑)。辞書には、「人間の共同生活に必要な物資・財産を、生産・分配・消費する活動」って書いてあったんです。

井手 さすが辞書。いいこと言ってる(笑)

和田 「経済って、私たちが社会で共に暮らすために必要なものなんだ。私たちの暮らし、生きることそのものなのに、勝手に遠くに追いやってるな」って、気がついたんです。井手さんは大学時代からずっと経済を学ばれていますが、経済の大切さに気づいたきっかけは何だったのでしょうか?

井手 僕はね、仕方なく経済学部に行ったんです。第一志望の私立に落ちちゃって。国立はすべり止めだったんだけど、みんなが法学部に行くっていうから経済学部に願書出して。

和田 えっ。

井手 ところがね、こまったことに、教科書に書いてあることがまったく納得いかなかったんですよ。わからないじゃなくて、納得がいかない。例えばね、「限界効用逓減の法則」(※)ってのを、最初に教わるんです。効用というのは喜びのことで、経験するたびに喜びはどんどん減っていくものだという法則。よく「一杯目のビールよりも二杯目のビールは喜びが減る」といった感じで説明されるんですが、その時点で、もう「嘘つけ」って思うわけですよ。だって、一杯飲むともっと飲みたくなるじゃない。
※一定期間に消費される財の数量が増加するにつれて、その追加分から得られる限界効用(満足度)は次第に減少するという法則。

和田 一杯目より、二杯目のほうが、より美味しいです(笑)。

井手 でしょ(笑)。これをもうちょい真面目に話すと、じゃあバブル経済って何よ?って話。

和田 欲望が膨らんでいく!

井手 そう。金稼げば稼ぐほど、もっと欲しくなってるじゃないですか。だからバブルが起きるわけで。

和田 それが真理です!

井手 ほかにもいろいろと納得がいかないことがあった。だから僕は経済学ではなく、「財」と同時に政治の「政」がついている財政にいくことにしたんです。そっちのほうがなんとなく生々しさがある。それだけです(笑)。ただ、こだわるほうだから、いちど人類の始まりに戻って経済を考えてみようと思って、本はよく読みました。

和田 そんなところから!

井手 ギリシャ哲学がスタートでしたね。さっきの話に戻りますけど、「経済」って英語で言うとエコノミーですよね。そしてエコノミーの語源は、ギリシャ語のオイコノミーです。

和田 あー、オイコノミー。

井手 はい。オイコスって言葉と、ノモスって言葉がひっついてオイコノモスになり、オイコノミー、エコノミーと変化していくんです。オイコスって何かと言うと、家なんです。ノモスというのは、法とか秩序とか。要するに、仲間たちが、大きな家の中で、お互いが支え合いながら秩序を作っていく。そういうことを表した言葉が、エコノミーの語源だと知ったんです。

和田 家が基礎にあり、共に作っていくんですね。

okane_0809-2

 

◆人間は一人ぼっちでは生きていけない

井手 経済というのは何も遠いどっかの話じゃなくて、家族が一緒に暮らしていくときに、じゃあ何か食べもの、果物とか魚とかを集めておきましょう、それをみんなに等しく分配しましょう、ということから始まってるんですね。お父さんはえらいから全部独り占め、とはならずに、みんなに均等に分配する、ということなんです。

和田 均等に、というのが大事だ。

井手 それがもともとの経済なんです。長く見てもたかだか16世紀から今までの4~5世紀ぐらいの間に、お金もうけが経済だって考え方が広がっただけで。そんなの、人類の歴史から見たら、瞬きみたいなもんですよね。

和田 そうか……、じゃあ国語辞典にあった解説は正しいんですね。

井手 「人間の共同生活に必要な物資・財産」ってあったけど、いいとこ突いてると思う。人間がみんな持ってる欲求を物で満たすという活動が「経済」なんです。例えば、空腹を満たすためにお金でパンを買うという行為は、経済ですよね。ではこれはどうでしょうか。江戸時代は、屋根が傷んだら、近所のみんなでお互いに修理し合っていました。この行為は「経済」と呼べるでしょうか?

和田 お互いに満たし合っているから、経済と呼べる?

井手 そう、お互いに支え合って欲求を満たし合ってるもんね。お腹がすいている人がいて、「はいどうぞ」ってお米を渡すことを、いまの世の中では「再分配」って言いますよね。

和田 持てる人が持たざる人に分ける。

井手 そう、お金もうけと真逆。だけど、これも、お腹がすいた、ご飯が食べたいという人の欲求を満たしているわけでしょ、だから経済なんです。困っている人がいたら声をかける。みんなでやろうぜ、って。これだって立派な経済なんですね。なぜこういうことが行われてきたかというと、人間って一人ぼっちでは生きていけないからです。支え合わないと生きていけない。経済って、もともと「経世済民」(※)という言葉からきていますよね。救済の「済」の字が入ってるじゃないですか。経済って、もともと人々を助けるためのものでもあるんですよ。
※中国晋代の書『抱朴子』で同様の言葉が使われている。「世の中を治めて民を救うこと」という意味で、始めは政治を指す言葉だったが、日本では幕末に「economy」の訳語に使われ、「経済」と略されていまと同じ意味で使われるようになった。

 

◆まとめと次回予告

「経済とは、もともと人々を助けるためのもの」と井手さん。和田さんと同じように、編集担当である私も、「経済」という言葉をとても狭い意味でとらえていたんだな、と気がつきました。
「とはいえ、やっぱり現代では『経済=お金もうけの手段』という側面が強い?? なぜそんなふうにしか思えないの?」という和田さんの問いから、次回はスタートします(編集部) 。

第2回「経済のことを知らなくても、生きていけるけれど」は、明日8月10日に更新します。

*対談収録日:2022年1月末
(その後の社会情勢を鑑みて追記している箇所があります)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部

【イントロダクション】「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

okane_0809-intro

 

『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』特別企画 和田靜香さん×井手英策さん
「今日よりも明日はすばらしい」。すべての人が、そう信じられる社会にするために。

*

◆はじめに

コロナ禍が続いた2021年、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』という長いタイトルの本が、世の中の話題をさらいました。著者は、フリーライターの和田靜香さん。タイトルの通り、アルバイトでつなぐ自らの生活の不安を、国会議員である小川淳也さんにぶつけた問答集です。
反響が続くなか、和田さんは次に『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』を発表。2冊ともに、徹底して庶民の視点から政治、経済を見つめた、いままでにない本になっています。

同じ年、私たちは『暮しの手帖別冊 お金の手帖Q&A』という本を出版しました。
お金をテーマにしたのは、コロナ禍によって、世界が危機を迎えていて、多くの人がお金についての強い不安を抱えていると感じたから。
「年金はどうなる」「子どもの教育費は」「病気になったら」……そんな不安を一つずつ解きほぐす本にしようという思いのもと、日本経済が抱える課題と、家計を守る方法の両方を、とことん解説した1冊にしました。

和田さんの本と、私たちの本の共通点は、「個人的と思える不安の根っこには、日本の社会問題があるのでは」という大きな問いをテーマにしたこと。そして、井手英策さんという経済学者の存在です。
『お金の手帖Q&A』では、井手さんに「長引く不況の原因は?」「税金ってなんだ?」といった、この本の根幹となる章の解説をお願いしました。
他方、『時給はいつも最低賃金、~』の文中にも、井手さんの著書からの引用が幾度も出てきます。
「井手さんの本なしには、この本は書けなかった」という和田さん。
「和田さんと井手さんが話したら、きっと多くの人の胸に迫る、深い議論になるのでは……」
そう感じた私たちは、お二人の対談を企画。
税金について、民主主義について、学ぶことの意味について、思いもよらない方向にどんどん膨らんだお二人の対談を、全5回で、たっぷりお届けします!

*

【プロフィール】
和田靜香(わだ・しずか)
相撲・音楽ライター。1965年千葉県生まれ。『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(共著)で2021年貧困ジャーナリズム賞を受賞。ほかに『おでんの汁にウツを沈めて』『世界のおすもうさん』(共著)など。

井手英策(いで・えいさく)
慶應義塾大学経済学部教授。1972年福岡県生まれ。専門は財政社会学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て現職。著書に『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った?』『ふつうに生きるって何?』『欲望の経済を終わらせる』『壁を壊すケア』など。2015年大佛次郎論壇賞、16年度慶應義塾賞を受賞。

【目次】
第1回 経済学は、お金持ちのための学問?(公開日:8月9日)
第2回 経済のことを知らなくても、生きていけるけれど(公開日:8月10日)
第3回 自分とは違う意見に、どう向き合う?(公開日:8月11日)
第4回 「権利や自由のために闘う」ということ(公開日:8月12日)
第5回 人は何のために学ぶのか(公開日:8月13日)

*別冊『お金の手帖Q&A』はこちらからご購入いただけます。
暮しの手帖社オンラインストア

写真・上山知代子/イラスト・killdisco/協力・飯田英理/構成・編集部


暮しの手帖社 今日の編集部