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自分自身の葛藤を素直に綴る。

本屋さん_学校へ行けなかった私が
『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』 岡田麿里 著 
文藝春秋 1,400円+税  装釘 永井 翔

 「ひきこもりのじんたんが近所の目を気にするのは私の経験です」本書の帯に、にこやかに微笑む岡田さんの写真とこの一文。じんたんとは、岡田さんが脚本を書いた作品の中心人物で登校拒否児。柔らかい笑顔の女性と登校拒否という言葉が似合わなくって、どんな子ども時代を送ったんだろう。と、興味を持って読み始めました。

 岡田さんは小学生の頃から登校拒否を繰り返し、高校卒業までを過ごします。本書では、自宅からほとんど出ない生活の中で、同居している母親との関係や思春期の複雑な思いが綴られています。

 学校で仲間といるときの自分のキャラクター設定や、人間関係を分析する様子などから「なんと冷静で、大人びた子どもなのだろう」と感心しつつ、彼女が直面してきた悩みや疑問は、私が日常生活で抱いている問題と少し似た部分があることに気がつきます。読み進めることで自分を見直す機会を与えられているようでした。
そんな彼女が、学生の頃に出会った数少ない人との関わり合いから学んでいく様子や、大人になり社会に出て脚本家として物語を生み出すことに真正面から立ち向かう姿に、強く励まされました。

 子どもの頃の辛い経験を素直な言葉で綴り、仕事に対して前向きな岡田さん、今後の彼女の活躍に期待が高まります。(山崎)

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

本屋さん_サラダ記念日
『新装版 サラダ記念日』 俵 万智 著 
河出書房新社 1,000円+税  装釘 菊地信義

 この代表的な一首で知られる本書『サラダ記念日』(1987年)とは、およそ20年ぶりの再会でした。初版から30年目の節目として出された新装版を書店で見つけるなり「きゃー!」。わが10代のきらきらっとした甘酸っぱい記憶が一気に蘇りました。

 収められた430余首、どの歌も、20代女性の楽しい気分、みずみずしい感受性が溢れています。題材はなんてことない日常です。

 (わたしにとっては、少し年上のお姉さん)俵万智さんの短歌は、ユーミンの『恋人がサンタクロース』(80年)の歌詞に登場する、恋人を待つ「となりのおしゃれなおねえさん」のよう。口語が並ぶ短歌からは、はじまりそうな恋、うまくいかなくなってきた恋を、まだろくに恋愛もしていなかった少女にすら、その短い言葉から想像することができました。そして思いました。短歌って、かっこいい!

 その感動はもちろんわたしだけではなく、社会現象を巻き起こします。結果、280万部のベストセラーに。そんなわけで、ある頃には自分の書棚に『サラダ記念日』があることがミーハーに感じられ、なんだか気恥ずかしくなったことさえありました。

 しかし、時間というものは、そんなまわりの騒音(価値観)をとっぱらい、素直にそのものの本質を感じとる冷静さを与えてくれます。今あらためて触れる『サラダ記念日』、震えるほどに素晴らしいのです。(村上)

ふらりと散歩に出かけよう

本屋さん_ぼくの東京地図
『東京ひとり歩き ぼくの東京地図。』 岡本 仁 著 
京阪神エルマガジン社 1,600円+税  装釘 江藤公昭(パピエラボ)

 本書は、編集者の岡本仁さんが、タイトル通りひとりで東京を歩き、小腹がすいたら食事をし、ときどき小さな買い物をしながら街歩きを楽しむ様子を綴った1冊。読み進めるうちに、まるで岡本さんといっしょに歩きながら、おすすめの場所を案内してもらっているかのような気持ちになります。

 これまで幾度となく訪れたことがある街でも、岡本さんの視点から見ると、「あれ、こんなお店あったんだ」「ここ、こんな景色だったかな」というように、まったく違った表情に見えてくるのが不思議です。

 また、「ぼくは何か食べたくなって散歩に出るのが常だ」という言葉にある通り、本書には、魅力的な食事処がたくさん登場します。「ぼくは食べ比べを好まない。ここが好きとなったら、その店だけで充分に幸せになれてしまうのだ」とも綴っているように、それぞれの店への親しみが込められた文章を読んでいると、すぐにでも足を運びたくなってきます。

 最近、ゆっくり散歩に出かけることがありませんでしたが、久しぶりに、この本を片手にぶらぶらと歩いてみたくなりました。(井田)

答えのない「もごもご話」。

本屋さん_親になるまでの時間
『親になるまでの時間 前編 ゆるやかな家族になれるかな?』
浜田寿美男 著 ジャパンマシニスト社 1,600円+税  装釘 納谷衣美

 「分かりにくい」ということに惹かれます。答えを一つに絞れない複雑な事柄にこそ、人生の真理や面白みが潜んでいる気がするからです。私は未経験ですが、「子どもを育てる」ことは、まさにそんな事柄なのではないでしょうか。

 子育てについての答えではなく、考える材料を提示するという方針のもとで1993年に創刊した『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』という季刊誌があります。雑誌の形で刊行してきたこれまでのスタイルから、一つのテーマを深掘りする単行本スタイルにリニューアルした第一弾がこの本。一冊まるごと発達心理学・法心理学者の浜田寿美男さんの言葉で綴られており、7月にはこの後編が刊行されます。

 意表を突かれるのが、浜田さんがまず子どもの「発達」「心理」を語ることに疑問を呈していること。どちらの言葉も、子どもを単体で、または子どものある部分だけを取り出して見る危険性をはらんでいると語ります。なにか事が起こったときに、その子の性格・性質のせいだけにしていないか。そしてその性格・性質は教育によって変えられる、と思っていないか――。「人間も自然のひとつ、そして自然はみな多様なもの」「『発達』は個人を単位に考えてすむものではなくて、つねに周囲の人やものの『世界』とセットで成り立つ」という浜田さんの考えが全体を貫き、ご本人が恐縮交じりに言うところの「あいまいではっきりしない」「もごもご話」で綴られる本書を読んだあとは、街で出会う子ども一人ひとりの、個性的な輪郭が浮き彫りになって見えてくるようになりました。驚くべき変化。(田島)

体温のある言葉と作品世界

本屋さん_人みな眠りて
『人みな眠りて』 カート・ヴォネガット 著/大森 望 訳
河出書房新社 2,000円+税  装釘 川名 潤

 今回から、本誌で連載している「本屋さんに出かけて」を、このブログでも始めることになりました。私たち編集部員が実際に読んだ本のなかから、毎号8冊をご紹介している頁ですが、誌面に掲載しきれないすてきな本が、まだまだたくさんあるのです。
 
 さて、今回ご紹介するのは、カート・ヴォネガットの『人みな眠りて』です。
カート・ヴォネガットは、『タイタンの妖女』『猫のゆりかご』『スローターハウス5』などの作品で知られる、現代アメリカ文学を代表する作家のひとりです。この本は、ヴォネガット没後10年の今年刊行された、未発表の短編を集めた一冊。彼の未発表作品集は、没後いくつか出ていますが、この本は、キャリア初期に書かれた作品を集めたもの。当時の家庭向け高級雑誌に投稿していた、1950年代の作品群です。シンプルなテーマと若々しいタッチで、人間味あふれるキャラクターたちと、彼らにまつわる小さなドラマが描かれています。彼の同時期のよい作品をきちんとまとめる出版は、今後はもう見込めないそうで、「最後の短編集」と謳われています。

 この本は、ヴォネガットらしい、やさしさとシニカルなおかしみが全編にあふれています。ユーモアたっぷりに、人間のすばらしいところとダメなところを照らし出しているのです。とくに、名声や見栄、そしてお金の問題から人が何を学ぶのかというようなテーマは秀逸。でも、さすが青年期の作品で、前に挙げた代表作とは少し違って、明快でわかりやすくて楽しげな筆致。そして、当時人気だった、意外な結末で話を締めくくるスタイルも特色です。温かみのあるメッセージに勇気づけられ、多彩で巧妙な「オチ」を楽しめる一冊なのです。(宇津木)


暮しの手帖社 今日の編集部