ふつうの人々の、ちょっと奇妙な暮らしの風景

『小型哺乳類館』
『小型哺乳類館』 トマス・ピアース 著 真田由美子 訳
早川書房 2,000円+税 装釘 仁木順平

 『絶滅からの生還』というアメリカのテレビ番組があるそうです。クローン技術を使って、サーベルタイガーやドードーなど、死滅した太古の動物を実際に甦らせて、その生態や絶滅のいきさつなどが解説され、生きた姿が披露される。そして、番組の最後には「絶滅動物園」に「帰還」させているのです。賛否両論あるらしいけれど、人気番組だそうですが、とんでもない番組です。
 ある日、ひとりで暮らすおばあちゃんのところに、番組のホストを務める息子トミーが、1万年の時を超えて甦らせた矮小型マンモスを、極秘にしばらく預かってと置いていく。あり得ない生命に責任を持って接する年老いた母の奇妙な奮闘の日々が始まります。
 この本に描かれているのは、日常の中で起きる不合理な事件の数々。もちろん、上記のお話も真っ赤なフィクションです。でも、読んでいて感じる、物語に流れる空気は、なぜか心地いい。それは、登場人物に向けられた作者の目線がやさしくて、そこに繰り広げられる暮らしの風景を、そして、人物の動作や場面のディテールを淡々と写し取るように描写する文章のせいでしょうか。その細やかな描写は、人物が思っていることや起きたことを説明することなく、しっかりと読む者に伝えてくれます。
 思い込みが激しかったり、突飛で、滑稽で、自分勝手な行動をしたり、自分の弱い面と向き合って奮闘していたり。愛らしくてユニークな人々の日常を描いた短編集です。
 「シャーリー・テンプル三号」は冒頭で紹介した、科学の力で現代に甦らせてしまったマンモスの世話を、息子に押し付けられたおばあちゃんのお話で、題名は、そのマンモスにつけられた名前。「実在のアラン・ガス」は、恋人に、夢の中では夫がいるという告白をされて、いるはずのないその“夫”を現実社会の中に探してしまう男の話。題名は、“夫”の名前。
 この本のタイトルでもある「小型哺乳類館」は、ピピンモンキーなる絶滅危惧種のレアな動物の赤ちゃんを公開している動物園の飼育棟のこと。タイトルからしてユーモラスで興味をひくものが、目次に並びます。
 登場人物たちは、ありふれた日常の中で不合理な事象に遭遇し、ばかばかしいような人間臭い悶着を演じます。その中で自分たちの本質を見つめ直す。だからどうだということまでは語られないけれど、読む者は、そのシュールな寓話の中に、自分を、家族や近しい人を見出すのだと思います。(宇津木)


暮しの手帖社 今日の編集部