満足のゆく日々を送るために
――編集長より、最新号発売のご挨拶
こんにちは、北川です。
わが家は浅草の隅田川のほとりといってよい場所にあるのですが、この数日は、対岸(墨田区側の墨堤)の桜並木が満開で、まるで煙るように見えます。あんまりきれいだから、今日は早朝の光のもと、思わず写真を撮りました。
思い出すのは、2020年のいまぐらいの時季のこと。コロナ禍で、急きょリモートワークに切り替えて制作することとなり、自宅でひとり仕事をしていると、予定していた取材撮影が次々と延期や中止になりました。さあ、どうしよう。どうやって記事をつくろう。
悩みながら散歩に出ると、人影もまばらな浅草寺の境内で、桜の大木が両腕を広げるかのように咲き誇り、惜しみなく花びらを散らしていました。当たり前のことだけれど、人の世の事情や、私のこんな悩みとは丸きり無関係に、花は咲いて、渡り鳥はやってくる。それが悲しいような、どこか救われるような、なんとも複雑な気持ちを味わいました。
3年が経ち、いまでは普通に取材撮影ができるようになったわけですが、あのときの気持ちを忘れたくないと思います。自分がちっぽけな存在であり、この世界で生かされているのだと切に感じたこと。いろんな制約があるなかで、やはり制約のある暮らしを送っている方たちに、いったい何をお届けしたらいいのかと悩んだこと。人と会い、実際に見聞きして記事をつくるのが、どれだけ大事かということ。
きっと一人ひとりに、あの春には特別な記憶があるのではないかと思います。
前置きが長くなりました。
春がめぐってくると、まわりの自然から湧き出るようなエネルギーを感じるからでしょうか、何か新しいことを始めたり、日々のルーティンを見直したくなったりするものです。今号は、そんな気分に応える記事を企画しました。
八百屋さんの店頭で竹の子を目にすると、まだちょっと高いかなあと思いつつ、「そろそろ、あの方法で竹の子ご飯を炊こうか」と考えます。「あの方法」とは、巻頭記事「春を味わう和のおかず」で、日本料理店店主の林亮平さんに教えていただいた下ごしらえのこと。米ぬかで下ゆでするのはおなじみの方法ですが、林さんはそのあと続けて「ダシで煮る」という方法をとります。こうすると、煮汁に竹の子の風味が移り、その煮汁で竹の子ご飯を炊けば、竹の子の風味満点……というわけです。ほら、作ってみたくなりませんか?
そのほか、土いじりをしたい方には「吊るせる観葉植物 緑のハングボール」がおすすめですし、「あのひとの花時間」を読めば、一輪でも花を生けたくなるはず。手を動かす楽しみを味わえる「直線裁ちでつくる みんなのワンピース」、日ごろのケアを見直すための「元気な素肌を育むスキンケア」、起床時の縮こまった体を簡単ストレッチで伸ばす「ウォーミングアップの手帖」などの記事を揃えています。
春、新学期の気分で、新連載もスタートしました。料理家の長尾智子さんによる「楽に作れるアイデアひとつ」です。
この連載について長尾さんとご相談を始めたのは、確か、昨年の7月あたりだったと思います。家の料理はなるべくシンプルなものがよいし、作りやすく、そして食べやすいことが、どんな世代の人にも大事。長尾さんはそんなことをおっしゃいました。
自慢ではありませんが、私は毎日仕事に追われていまして、お世辞にも「ゆとりのある暮らし」を送っているとは言えません。だから、外食に救われることもあれば、「今日はコロッケを買って、あとはサラダを添えて済ませちゃおう」なんて日もあるのですが、そんな日が続くと疲れてしまうんですよね。やっぱり、いろいろあった一日の終わりに、たとえ簡単なものでも自分でこしらえた料理をゆっくりと味わうと、「あしたも頑張ろうかな」と思いながら眠りにつける。この連載は、私のような人にも活用していただけたらなあと思い、冒頭にはこんなことを書きました。
たとえ疲れているときでも、いえ、疲れているときこそ、
自分でさっと作った料理で心身を満たしたいものです。
楽に作れて食べやすい、そんな料理のアイデアを
長尾智子さんに教わりましょう。
初回は「水炒め」。
まずは春キャベツでお試しあれ。
この「水炒め」は、野菜のみならず肉にも使える便利な調理法で、おいしくてお腹にやさしく、もう何度も作っています。肉にはツナソースをかけるとたいへん美味なのですが、じつは塩・コショーでも十分ですし、しょう油をちょっとたらしたり、アリッサのようなお好みの調味料を添えても。一人分ならフライパンひとつで、肉料理と付け合わせを同時に仕上げられますよ。
どんなに忙しくても、自分で暮らしの手綱をしっかり握って、満足のゆく日々を送るために。今日も、あしたも、倦まずに生きるために、この一冊をご活用いただけたらうれしい。今号も、そんな思いを込めて編みました。表紙画は、安西水丸さんの作品「メロンと船」。どうぞ書店で見つけてくださいね。
また、ひとつお知らせです。このたび新しい試みとして、定期購読をオンラインストアでお申込みいただけるようにいたしました。離れて暮らすご家族への贈り物に、もちろん、ご自身のために、ぜひご活用くださいませ。
広告をとらない『暮しの手帖』は、一冊一冊の購読料のみで支えられて、この秋に創刊75周年を迎えます。雑誌の世界において、これはひとつの「奇跡」と言っていいでしょう。ご購読くださっているみなさまには、感謝しかありません。どうかこれからも、『暮しの手帖』をご愛読いただけますよう。
春は体調もゆらぎやすい季節です。ご自愛されて、よき日々をお過ごしください。
『暮しの手帖』編集長 北川史織
◎暮しの手帖オンラインストア 定期購読ページ
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