おしゃれ心に、灯を点けよう

2021年03月25日

おしゃれ心に、灯を点けよう
——編集長より、最新号発売のご挨拶

東京は、いまが桜の見ごろですが、花を見上げて歩く人びとの顔は、皆ほころんで、うれしそうです。マスクをしていても目が笑っていて、うれしさがわかるものなのですね。
早いもので、私たちの在宅ワークでの制作も、もうすぐ1年になろうとしています。せわしい仕事と、炊事洗濯といった家のこと。両方が混じり合う日々を淡々と続けていく、倦まずに、健やかに。それはなんてむずかしいのだろうと、実感した1年でした。
さて、今号の冒頭には、こんな言葉を置きました。

「どんなに みじめな気持でいるときでも
つつましい おしゃれ心を失はないでいよう
かなしい明け暮れを過しているときこそ
きよらかな おしゃれ心に灯を点けよう」

これは、初代編集長の花森安治が、『暮しの手帖』の前身である『スタイルブック』に掲げた言葉です。この雑誌の刊行は1946年の夏。終戦から1年の物資に乏しい時分に、浴衣をほどいた生地でつくるワンピースなど、工夫を凝らした「おしゃれ」を提案しました。
いま、この薄い雑誌を手に取ると、苦しいなかでも生を謳歌しようという心、生きる喜びのようなものが、美しい色彩とともにどっと伝わってきて、圧倒されます。
苦しいときに、「生きる」を楽しむって、どういうことだろう。今号は、そんなことを考えながら編みました。
巻頭記事は、「生きることは、楽しいことばかり」。
86歳の編集者、田中和雄さんは、戦時中の少年時代に宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に出合い、不惑を過ぎてから、絵本と詩集の編集に携わるようになります。「生きることは、楽しいことばかり」という言葉は、この状況下ではいささか呑気に響くかもしれません。しかし、そこにはどんな思いがあるのか、ぜひ感じ取ってみてください。
続く記事は、今号の表紙の作品を手がけた銅版画家、南桂子さんの生き方を追った、「夜中にとびたつ小鳥のように」。
南さんもまた、1953年、42歳でパリに渡って銅版画家となり、海外でいち早く認められた、遅咲きの人です。とりわけ女性であれば、人生に制約があっただろう時代に、南さんはなぜ、そうした生き方を選んだのか。淡々と地道に続けた制作には、どんな喜びがあったのか。知己の人びとを取材して、南さんの「おしゃれ」にも触れながら、ひとりの女性の像を浮き彫りにしました。
「手元の素材で、アクセサリーを」と「おとなのための帆布バッグ」は、自分の手を動かしておしゃれを楽しもうという手作り記事です。
随筆家の若松英輔さんによる「詩が悲しみに寄り添えるなら」は、大切な人や大切な場所を失ったとき、その経験と心静かに向き合うきっかけにしていただけたらと願って企画しました。

春は、顔を上げて、胸をひらいて大きく呼吸をして、軽やかに歩んでいきたい季節です。寒さで縮こまった心身をほどいて、暮らしにそれぞれの「楽しみ」を見いだせますように。明日から、担当者が一つひとつの記事についてご紹介しますので、ぜひお読みください。

『暮しの手帖』編集長 北川史織


暮しの手帖社 今日の編集部